第6話 取り残された火蜥蜴②
矢のような速さでカイルの横に突っ込み、両手を突き出して渾身の力で彼を押し飛ばす。
炎の軌道から逸れたカイルが体勢を崩して地面に倒れ込んだ。その瞬間、セナの身体が炎に包まれる。目も開けられないほどの炎の波に炙られた。
「セナ!!」
絶叫のような大声が響き、炎の向こうでカイルが蒼白な顔で起き上がるのが見えた。
その危機迫るような声音に驚いて、慌てて炎の中から飛び出る。
「あっ服が」
自分を見下ろして気づく。もともと着ていたズボンは無事だが、カイルにもらった服が燃えている。
慌ててパタパタと服を払い、燃える布の裾をにぎって火を消した。
「……え?」
ぽかんとした声を聞いて、数歩先で膝をついているカイルを見た。目を丸くした彼が口を開けてセナを見ている。頭の上から足の先までカイルの視線が辿るのを感じ、慌てて頭を下げた。
「カイル様、ごめんなさい。服が焦げてしまいました」
「服……? いや、ちょっと待って。セナは今炎に直撃してなかった?」
カイルが我に返ったように立ち上がり、片手で目を擦る。困惑顔で走り寄ってきた彼に頷いた。
「はい。驚きました」
「え? ……え? 怪我は?」
「ないです」
そう答えたらカイルは目を丸くしてセナの肩を掴んだ。軽い身体をぐいっと傾けられて、背中の方と胸の前を確認される。
「怪我がないの? 完全に炎に巻かれてたのに?」
「はい。僕火は大丈夫です。火のジンなので」
どんな業火でも、燃えることはない。
ジンならば当然のことなのでそう答えると、カイルは呆然としていた。それから時間差で深く息を吐く。
「そうか……ジンだから、燃えないのか……とにかく、よかった。セナに怪我がなくて」
「心配してくださったんですか? ありがとうございます。でも、服が燃えてしまいました。すみません」
しょんぼりと肩を落としたら、カイルは瞬きして笑った。
「そんなこと気にしないでいいよ。セナが俺の代わりに火に炙られたと思って焦ったんだ。無事ならよかった。セナは本当に火のジンなんだね、今それを実感したよ」
衝撃が過ぎたのか、カイルは表情を緩めて感心したように頷いた。
そう言われれば人間は火に弱いから、炎の中に飛び込んだりはしないだろう。無我夢中でカイルを押し飛ばしてしまったから、びっくりさせてしまった。
驚かせたことを謝ろうとしたら、足元から悲鳴がした。下を向くと、さっきの二人の男が地面に倒れて震えている。地面に伏せていたから死ぬような火傷にはならなかったが、炎になぶられたのが恐ろしかったらしい。
「一体何だったんだ? 今のはサラマンダーの仕業かな」
炎の勢いは強烈だったが、噴出したのは一瞬だった。今は地面の草がチリチリ焦げている程度で、建物から噴き出した炎はもう鎮まっている。
「とりあえず、中を見てみるか……それより先に、まずこいつらを突き出して来るか」
地面に転がっている男達を見下ろしてカイルが呟く。
「セナ、さっき来るときに通った食堂に戻って、この二人を領兵に引き渡してもらおう。盗人とはいえ、火傷は酷くなると厄介だ。放っておいて死なれたら寝覚が悪い」
その言葉が聞こえたのか、男達は地面に伏したまま震え上がった。話を聞こうにも、余程炎が恐ろしかったのか、二人ともブルブル震えて今にも気を失いそうだ。まともに話せるような様子ではない。
カイルに頷いてから鍛冶場を見上げたとき、ふと閃いた。
「カイル様、僕はここで待っていましょうか? もしサラマンダーが出てきたら話をしてみますし、また別の人が忍び込もうとするかもしれないので見張っています」
「え? セナが一人で?」
「はい。何かあったら飛んで追いかけますし、カイル様も何かあればランプに呼んでくだされば大丈夫です」
これはチャンスだ。
カイルが戻ってくるまでに、鍛冶場の様子を確認しておこう。また火が噴き出したらカイルが危ないし、危険がないかを調べておくのだ。そうすれば時間に無駄がないし、セナはカイルの役に立てる。
さっきはカイルを助けられたと思ったけど、突き飛ばしてしまったし、もらった服も焦がしてしまった。次こそは上手くやってみせる。
やる気を漲らせて提案したら、カイルはしばらく考えていたがやがて首肯した。
「わかった。ちょっと心配だけど、セナは炎に負けないし、ここは人も来ないだろうから大丈夫かな。危ないことはしないで、俺が戻ってくるのを待つんだよ」
「はい!」
元気よく返事をして、カイルの心配そうな顔を見つめしっかり頷いた。
カイルは少し躊躇ってから、倒れた男達を引きずるように立ち上がらせて、歩けない一人をぞんざいに背負い、もう一人の襟首を掴んで、来た道を急いで引き返していった。
カイルが視界から消えるまで見送って、セナは鍛冶場を振り返るとふわっと浮かび上がる。地面に転がったままだった麻袋は建物の陰に置いて隠しておいた。
周りに人はいないから飛んでも問題はない。すうっと風に乗って建物の周囲を回り、焦げて真っ黒になっている入り口の中を覗き込んだ。
建物の中は外よりももっと焦げ臭い。空気の中に細かい塵が舞っているようで、煙ったように視界も悪かった。
「中も調べてみた方がいいかな」
サラマンダーがいるとしたら、話をしてカイルを襲わないように言わなければならない。
でも一人で中に入っていいだろうか。
思案していると、そのとき奥の方から微かな物音が聞こえた気がした。耳を澄ませてみたが、その音はもう聞こえない。
「見に行ってみようかな……」
人の気配はないから、もう盗人が潜んでいるということはないだろう。たとえいたとしても、多分さっきの炎で消し炭になっている。
思い切って建物の入り口から中に入ってみた。黒焦げになった通路を進むと、天井が高く広々とした空間がある。手前には石でできた作業台や棚があったが、棚に並んでいる道具類は焦げて煤けている。どうやらここが鍛冶の作業場だったらしい。奥に大きな石でできた炉が見えた。
「ここには何もいないのかな……?」
炉に近寄ってみたが、火は完全に落ちている。
火種もないし、サラマンダーがいるようには見えない。
それならもっと奥だろうか。
そう思って身を翻し、奥に続く廊下に飛んでいった。よく観察すると、廊下の壁が燃えた跡は奥に行くほど煤が濃くなっている。心なしか空気も熱くなってきた気がした。
行き止まりに見える出口までゆっくりと飛んで、そこから奥に顔を覗かせる。
「うーん……あそこかな?」
鍛冶場を切り盛りしていた老人の居住スペースだったのか、狭いダイニングと水場があった。その向こうに更に部屋がある。
ここまで来るともう中は完全に焦げ落ちていて、壁際に水瓶と陶器の食器だけが転がって残っていた。壁は天井まで真っ黒だ。セナは飛べるからいいが、カイルが入ってくるには少し危ないかもしれない。
奥の部屋を覗き込んだ瞬間、パチっと火花が弾けるような音がした。
ゴオっと風を巻く音が聞こえたと思ったら、もう目の前に炎が迫っていた。
『盗人め!』
炎の向こうから老人のようにしゃがれた声が響いた。
火炎の勢いに吹き飛ばされそうになったが、咄嗟に扉部分の出っ張りを掴んで体勢を保った。身体の上をなめるように苛烈な炎が吹き抜けていく。先ほどと同様に燃えたりはしないが、突然の炎に驚いて思わず息を呑んだ。
『返せ! 儂の魔結石を返せ!』
また同じ声が奥から聞こえてくる。
業火の波が収まってからそろりと顔を上げた。恐る恐る部屋の中に顔だけ入れて覗くと、その奥には小さな暖炉があって、まだ炎が勢いよく立ち昇っていた。
怒りを発するようにバチバチと火花を上げている暖炉に目を凝らしたら、中に黒い影が見える。
「あの……」
セナがその炎に話しかけると、もぞもぞと動いていたその影はぴたりと動きを止めた。
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