第5話 取り残された火蜥蜴①
第二章 取り残された火蜥蜴
「少し意外だったな。セナが自分から見に行きたいって言うなんて」
男性に教えられた街外れの鍛冶屋に向かいながら、カイルが隣を歩くセナを見た。
「困っているみたいだったので、何かできないかと思って」
「ジンは時々人を助けてくれるとは聞いたけど、結構気まぐれな性格だと思ってたよ。本当は心根が優しいんだね」
「多分、火のジンは気分屋だと思います。みんなからっとしていて気儘な気質なので」
「じゃあセナが特別に優しくていい子ってこと?」
感心したように頷いたカイルに慌てて首を横に振った。
「そんなことはありません。さっきは役立たずだったので、今度は何かお役に立てるように頑張ります」
「セナ、まだ気にしてるの? 俺はセナと話してるだけで気が紛れて楽しいし、そんなに気負わなくていいんだよ」
「いいえ。僕はカイル様のお役に立ちたいし、カイル様のように優しい人が困っているなら手伝いたいんです」
そう宣言したら、カイルは歩きながらセナの方を見て目を丸くした。彼の翡翠色の瞳が大きくなると、本物の宝石のように見える。綺麗だな、思っているとしばらくセナを見つめたカイルは表情を緩めて目を細めた。
「セナは素直で真っ直ぐな子なんだな」
感じ入るような声でカイルが言ったことに狼狽えた。カイルは買い被り過ぎている。役に立ちたいし、困っている男性を手助けしたいと思ったのも事実だが、本当はさっきの失敗を取り戻したかっただけなのだ。
「あの、違います。僕、さっきは何もできなかったから挽回したいなって、とても不純な気持ちなんです」
「挽回したいなんて思ってたの? ごめんね、俺はさっき気に病ませるようなこと言った? 本当に気にしなくていいんだよ。セナはいてくれるだけで」
すまなそうに頭を掻いたカイルに再度首を横に振る。
「僕はカイル様のジンですから、カイル様のお役に立ちたいです。……でも、僕は落ちこぼれなので、失敗してがっかりさせてしまったらごめんなさい」
「がっかりなんてしないよ。さっきだって俺の頼みを聞いてちゃんと荷物を守って待っててくれたじゃないか。セナは少し真面目すぎるな。急になんでもできるはずないんだから、人間界にはゆっくり慣れたらいいんだよ」
言い聞かせるように励ましてくれるカイルは優しい。それにさっきの身のこなしを見たら、きっととても強いんだろうと思う。多分、本当にカイルの身を守ろうとするなら、魔法が使えるジンでなければ務まらない。
(でも、精一杯頑張ろう。ジンの世界に帰ったら、僕を馬鹿にした仲間達を見返してやるんだから。)
拾ってくれたカイルに恩を返したい。そして無事に彼を州城まで送り届けて、仲間達をびっくりさせてやる。
ひっそりとそう決意して、カイルの言葉に「わかりました」と真剣な顔で頷いた。
◆◆◆
街中を抜けて、鍛冶場があるという林の奥を目指した。林の手前には食堂や民家がいくつか並んでいたが、人気は少ない。
カイルと話していたら、さっきひったくりの男を捕らえた二人は、領兵という街を守る兵士だということがわかった。そこで鞄を盗られた女性が、別れ際にカイルに話しかけていたのを思い出す。
「そういえば、さっきの女の人と何を話していたんですか?」
何となくあの女性のことが気になった。
なぜだろう。カイルも嫌そうにはしていなかったから、何か酷いことを言われたわけではないと思うのに。
セナの質問を聞いて、カイルは「ああ、あの人」と苦笑した。
「夜、時間があるならお茶でもって誘われただけだよ」
「お茶……?」
さらっと答えたカイルに首を傾げる。
夜お茶を一緒に飲む?
きょとんとして隣を歩くカイルを見つめた。人間の男女のことはよくわからない。ただ、あの女性は頬を染めてカイルを見つめていた。
気になった相手に好意を伝えるために、人間の場合はまず一緒にお茶を飲むんだろうか。つまり、先ほどカイルをお茶に誘った女性は、彼に好意を抱いているということで……?
そこまで考えて少し不安になった。
例えば、カイルもあの人を好きになってしまったら、セナは置いていかれてしまうだろうか。一緒に州城に行く予定もなくなってしまうかもしれない。
顔が曇ったセナを見て、カイルは少し眉を上げると優しい声で尋ねてきた。
「どうしたの。そんな不安そうな顔して」
「……カイル様は、夜さっきの方とお茶を飲みに行きますか?」
上目で見上げると、カイルは翡翠色の瞳を軽く見開いてからふ、と笑った。
「行かないよ。セナがいるのに、さすがに夜のお誘いには乗れないな」
「夜のお誘い? お茶を飲むんですよね。僕、連れて行ってもらえるなら、もしカイル様があの人とお茶を飲んでいても、ランプの中で大人しくしています」
そう言うと、今度はカイルがきょとんとした顔になった。それから噴き出して笑う。
「そっか、うん。セナは文字通り受け取ったわけだ。そうだよな、わからないよな。言葉の裏に含まれてる意味なんて」
「……どういうことですか?」
「セナにはまだわからなくていいの。とにかく、俺は行かないよ。それともセナは俺に行ってほしいの?」
少し意地悪そうな顔で悪戯っぽく聞かれたから、素直に首を横に振った。
「行ってほしくないです。カイル様に置いていかれるのは不安です」
一人にされたくなくてそう答えると、カイルはぱちっと瞬きしてから目を細めて微笑んだ。
「行かないよ。俺は人間界に不慣れなセナを一人にしたくないから」
「はい」
ほっとしてセナが頷くと、彼は手を伸ばしてきてセナの頭をよしよしと撫でた。
「セナは少し心配になるなぁ。頼むから俺から離れて一人でどこかに行かないようにね。人間の中にもさっきのひったくりみたいに悪辣な奴はいるんだから」
カイルがそう言って、頭から離した手でセナの手を握ってきた。周りに人はいないが、セナの手を引いてくれる。
気を抜いて少し浮いてしまいそうだったが、手を握られたらちゃんと地面に足をついて歩けた。
街外れの鍛冶場に着いたとき、セナとカイルは少し手前で足を止めた。茶色い煉瓦造りの建物の周りは、真っ黒に焦げている。建物の周囲も同様で、黒く焦げた木が地面に朽ちて鍛冶場の建物の周りは開けていた。木が焦げたような臭いがまだ地面から漂ってくる。立ち込める空気は心なしか熱いような気がした。周りに人気はなく、黒く焦げた尖塔と煉瓦の壁はどことなく不気味だった。
二人で建物の入り口に近づいたとき、突然中から人の気配がして、男が二人、必死の形相で飛び出てきた。
「どけ! 小僧!」
二人の汚れた服はあちこち焦げたように黒ずんでいる。男達は、驚いて固まってしまったセナに向かって突進してきた。
飛んで逃げようとしたが、また身体がすくんでしまった。
避けようとしないセナに恐ろしい顔をした男達が迫ってくる。後ずさろうとしたセナの腕をカイルが掴んだ。ぐっと横に引かれ、男達の前から引き離される。反対に前に出たカイルは先ほどのような鮮やかな手並みで、襲いかかってきた男達を手早くのしてしまった。
「なんなんだ急に」
地面に倒れた二人を見下ろして、カイルは首を傾げる。
「鍛冶場にコソ泥が入るって言ってたから、盗人かなんかか、あんたら」
うめき声を上げる男達に屈んで、持ち物を改めようとしているカイルを呆然と見つめた。
また何もできなかった。次こそは役に立とうと思っていたのに。
そう繰り返し頭の中で自分を責めていたら、どこかでパチっと何かが弾けるような音がした。
「クソったれ! お前達もタダじゃすまねぇぞ!」
男の一人がカイルを罵る。眉間に皺を寄せたカイルが「なんだと?」と低い声を出した瞬間、ゴオッという篭もった音が鍛冶場から聞こえた。直後、真っ暗な入り口から火柱が噴き出す。
渦巻く火炎が猛烈な勢いで建物の扉や窓を突き破り、唸り上げて押し寄せた。カイルが入り口を振り返るより速くその背後に炎が迫り、男達の悲鳴が響いた。
人間は火に弱い。
そう思ったら身体が動いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます