第53話

 珈涼の合図で部下たちも武器を構えて、場は殺気で凍り付いた。

 雅弥は珈涼を見返して彼女に問いかける。

「君が撃てる?」

 珈涼は雅弥を見据えたままうなずいて答えた。

「あなたの体の、どこでもいいのなら。それに」

 眉を上げた雅弥に、珈涼は微動だにしないまま続ける。

「あなたは座っているだけでいい。……さあ、ボスを探しなさい」

 後半は背後に控える月岡の部下たちへの言葉だった。

 月岡の部下たちと言うが、ここ二か月間、彼らは珈涼の部下同然に動いてくれた。月岡の人徳と人選のおかげで、彼らは実に優秀だった。

 制止する虎林組の組員たちに構わず、月岡の部下たちは一斉に屋敷を駆けた。珈涼は最低限の慈悲は持つようにと命じたが、鍵を破壊するくらいは一人でもやってみせた。

 十分もしないうちに、彼らは珈涼に朗報を持って帰ってきた。

「ボスをみつけました。拘束を外しましたので、まもなくここへいらっしゃいます」

 珈涼は待ち望んだその答えに、震えそうになる体を抑えた。

 部下たちはすぐさま雅弥と瑠璃を取り囲んで、珈涼から離してくれる。

 珈涼はまだ声を低めたまま、部下に問いかける。

「ボスの意識は? 怪我をされているの?」

「……珈涼さん」

 珈涼はその声に時間が止まったような思いがして、ごくんと息を呑む。

 部下に支えられながら、月岡が戸口に姿を見せていた。ひどく痩せて、手首には手錠のあざも刻まれているが、自分の足で歩いていた。

 珈涼はあふれそうな思いで胸をいっぱいにして、月岡に駆け寄る。

「月岡さん……っ!」

 珈涼は思わず抱きつく前に立ち止まって、はらはらしながら月岡の全身を見て言う。

「怪我は、体の具合は? 私のことがわかりますか?」

「一瞬見間違えてしまいました」

「えっ……あ」

 月岡はそんな珈涼をふいに腕の中に収める。

 彼は珈涼の背をそっと叩いて苦笑してみせた。

「珈涼さんが、あまりに凛々しくなられたから。何て無茶を……と叱りたいところですが、きっとそれだけのことがあったのでしょう。苦労をかけましたね」

 珈涼はひととき懐かしい彼の声に、全身の力が抜けそうなほど安心した。

 けれど月岡の目はまだ鋭く前を見据えていた。珈涼もまた、月岡のみつめる先に目を向ける。

 雅弥は月岡の部下たちに取り囲まれながらも、まだ席について微笑んでいた。傍らの瑠璃は暗い表情のまま、何も言わなかった。

 雅弥はふいに顎を上げてくすくすと笑う。

「せっかく来たんだ。ディナーくらい振舞わせてくれよ」

 ドンと何かが爆発するような音がして、屋敷中が震えた。

 慌てて月岡の部下たちが周囲を確認して、声を上げる。

「ボス、逃げてください! ……厨房から火の手が!」

 火薬の匂いと共に、煙が部屋に入り込んできていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る