第52話

 送迎の車から降りて、珈涼は四年ぶりに虎林組の屋敷に足を踏み入れた。

 兄の真也は自分も一緒に行くと言ってくれたが、姐はそれを許さなかった。母になろうとする珈涼は、それが姐のメンツだけで収まらない愛情なのだと感じていた。

 以前来たときよりますます屋敷はさびれて見えた。庭木は手入れされず、廊下にもほこりがつもっていて、警護に当たる組員さえ老人ばかりだった。

 かつて龍守組と双璧を成していた虎林組は、雅弥が襲名し、後継者に瑠璃を指名したときから、落ちるように衰退していったと聞いている。

 静寂の廊下をたどり、珈涼は古風なテラスに招かれた。天窓には明治の頃に大邸宅が誇っていたステンドグラスで覆われ、絵画とビロードの絨毯であつらえられた見事な客室だった。

「いらっしゃい、わが家へようこそ」

 雅弥は今日も白いスーツ姿で、笑顔で珈涼を出迎えた。珈涼は警戒しながら歩み寄って、ふとその隣の瑠璃に目を留める。

「若頭は座ったままで失礼するよ。体調が思わしくないのでね」

 雅弥が言う通り、瑠璃は顔色が悪く、以前より痩せて見えた。けれどそのやつれたさまが凄艶でもあって、珈涼は彼女の変わりように驚いた。

 珈涼は使用人に椅子を引いてもらいながら、瑠璃に声をかける。

「体調がお悪いなら、瑠璃さんは休んでいてくださっても」

「そうはいきません。僕は若頭ですから」

 凛とした声色は、珈涼の知る瑠璃のものだった。珈涼は気づかわしげに瑠璃を気にしながらも、席について雅弥に向き合う。

 双方の部下たちも壁際に控えているが、圧倒的に虎林組の方が少なかった。組員もほとんど老人ばかりで、雅弥たちを警護する力に欠けて見えた。

 雅弥は珈涼の視線に気づいたのかあえて無視したのか、朗らかに言う。

「さて、料理を運ばせよう」

 虎林組の現状は事前に調べて知っていたことだったが、これから珈涼が始めることを思うと心が痛んだ。

 けれど珈涼には覚悟があった。何としてもここで月岡を取り戻すと決めていた。

 珈涼は顎を引いて言葉を切り出す。

「雅弥さん。私は会食をしに来たのではありません」

「ふうん、では?」

 雅弥はからかうように首を傾けて珈涼を見やる。

 珈涼は席を立って、ドレスの隙間から用意した道具を取り出した。

「……今すぐ月岡さんを帰してもらいます」

 珈涼は雅弥に拳銃を突きつけて、低く告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る