第50話

 龍守組の本家に戻って来た珈涼を、父と兄が心配そうに迎え入れた。

 父は廊下で向かい合うなり、焦燥に駆られたように珈涼を叱った。

「こんなときに一人で出歩くな。何かあったらどうする」

「は、はい。ごめんなさい、お父さん」

 珈涼は不器用だが自分をみつめていてくれる父に、慌てて謝ることになった。

 兄の真也は一人暮らしを始めていたが、珈涼が月岡の代理をするようになってからたびたび龍守組の本家に様子を見に来てくれていた。

 真也は珈涼の顔色が優れないのを見て取って問う。

「喘息が出たのか? 医者は?」

「兄さん、大丈夫。今は倒れるような発作はもうないの」

 月岡に念入りに治療を受けさせてもらったおかげで、珈涼の喘息も日常生活に支障がない程度に回復してきていた。

 ただ今でも時々は調子が悪いときがあって、月岡に背をさすってもらいながら眠っていたが、それは珈涼と月岡だけの秘密だった。

 秘密というなら、妊娠していることを二人に伝えた方がいいだろうか。珈涼はそう思ったが、今はまだ確証がないことを言えなかった。

 真也はちらと父親を見てから、彼も珈涼を叱った。

「お前な、もっと俺たちに頼れよ。親父も俺も極道なんだぞ。この世界に来たばかりの妹を一人で戦わせるもんか」

「うん……ごめんなさい」

 珈涼は孤独に陥りかけていた自分に、よく周りを見なさいと言いたくなった。

 自分は一人じゃない。お父さんもお兄さんもついている。だから自信を失うことなく、信じることをやっていこう。

「お父さん、お兄さん。お願いがあるの」

 今珈涼が抱えている命だけは、珈涼が守ってみせるけれど。まだ形もあいまいなその存在が、自分にこんなに力をくれるとは思ってもみなかった。

 珈涼は二人を見て、顔を上げて告げた。

「もう一度、私と虎林雅弥さんが会食する機会を作ってほしいの」

 二人は顔を見合わせて、父が顔を険しくしながら言い返す。

「俺たちがお前を、敵地のど真ん中に行かせると思うか?」

「でもそこに月岡さんがいると思う」

 珈涼は二人を交互にみつめて言う。

「私が月岡さんを取り返せるように。考えがあるの。お願い」

 父と兄はすぐにうなずきはしなかった。けれど珈涼の決意が固いのは伝わったようだった。

 ふいに父は苦笑して言う。

「お前はお嬢様だな。何かと周りを振り回す」

「ごめんなさい。でも譲れないの」

 謝った珈涼に、兄も言葉を返す。

「月岡に……極道に甘やかされたせいだ。ほんと、わがままだよ」

 兄も苦笑いして、どうしたものかといたずらっぽくつぶやいた。

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