30 底にあった希望

第48話

 珈涼が月岡の元を離れて龍守の本家に戻った翌日、思わぬ事件が起こった。

 はじめは、月岡が病院を抜け出したという知らせだった。すぐに部下たちが探しに動いたが、月岡から無事だと連絡してきた。

 けれどその連絡のときから異変を感じた部下はいたようだった。月岡は、「猫元をつぶせ」と命令を出したからだった。

 その日から、月岡の命令は絶え間なく弾丸のように降り注ぐ。

 あの若頭を襲え、あの組を壊滅させろ、何を使っても構わない……。月岡の命令はそれ自体が破滅的で、冷静で知られる彼の下で仕えた部下たちを混乱させた。

 珈涼はそれを電話で豆子から聞いたとき、首を横に振って否定した。

「月岡さんがそんな命令を出すはずがない」

「健吾もそう言ってる。月岡さんの直属の部下も同じ考えだろうって。……偽物がやってるんだ」

 豆子は電話口でうなって珈涼に同意したものの、不破から聞いた考えを続けた。

「けど、下の方の組員は月岡さんを知らない。血の気の多い組員もいる。今は月岡さんの部下たちが抑えてるけど……」

 珈涼は恐ろしい想像を口に出して言う。

「じきに偽物の命令通りに暴力沙汰を起こしてしまう?」

「……うん。そうなったら龍守組は混乱して、月岡さんも信用を失くしちゃうよ」

 豆子は暗い声音でつぶやいて、珈涼もじきにやって来る未来に怯えた。

 でも珈涼には、怖いだけではない思いがある。

 珈涼は自分の胸を押さえて、自分の心に問いかける。

 暴力沙汰なんて見たくない。月岡が信用を失うのだって嫌。

 怖いからと目を閉じるのは、もうやめるんでしょう?

 珈涼はそう自分からの答えを聞いて、口を開く。

「豆子さんは、不破さんの事務所でこれからも働くって聞いた」

「うん、そうだけどどうしたの?」

 珈涼の問いかけに、一瞬豆子は不思議そうに問い返す。珈涼はそんな豆子に問いを重ねた。

「姐としての勉強もしてきた?」

「……珈涼ちゃん、もしかして」

「急でごめんなさい。でも私に教えてほしいの」

 珈涼は前を見据えてその言葉を口にする。

「若頭の妻としての振舞い方を。……月岡さんの不在は、私が守る」

 そして、月岡さんを無事に取り返さなければ。

 その意思は、珈涼を強い覚悟で奮い立たせた。

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