第46話

 すぐに不破が珈涼から月岡を引きはがそうとしてくれた。だが月岡は猛烈な力で珈涼を組み敷いていて、不破の抵抗を拒んだ。

「すぐに人を……!」

「……待ってください」

 不破は部屋の前で警護をしていた月岡の部下を呼ぼうとして、珈涼に制される。

 珈涼は仰向けに倒されたまま、月岡を見上げる。肌に食い込む指の痛みに悲鳴を飲みこみながら、月岡の真意を読み取ろうとした。

 見上げた月岡は無表情で、無言だった。それは珈涼に、ひとつの記憶を呼び覚ました。

 珈涼は月岡をみつめかえしながら、不破に言葉をかける。

「月岡さんと二人きりにしてください」

 不破はその言葉に慌てて言い返す。

「だめだ! 今の月岡は正気じゃない。何をされるか……」

「月岡さんには……何をされてもいいですから」

「珈涼さん!」

 珈涼はふいに強く不破を見て言った。

「私は月岡さんの妻になるんです。……病めるときだって、側にいます」

 不破は珈涼のいつにない気迫を見たのか、ごくりと息を呑んで黙った。

 不破が考える気配がして、少しの後に彼は言った。

「危ないと思ったら、壁でも床でもいいからおもいきり叩け。それで外に聞こえる」

 珈涼はうなずいて、不破は渋々部屋を出て行った。

 扉が閉ざされて、珈涼は震える声で月岡にたずねる。

「月岡さん……あの日の夢の中に、いるんですか? 私を抱いた初めての日に」

 月岡の渇望するような目は、珈涼にあの日を思い出させた。

 初めてマンションに連れてこられた日、月岡は何も言わず一方的に珈涼を抱いた。珈涼はただ怖くて怖くて、目を開くことさえできずにその行為を受けていた。

 今の珈涼は、あのときとは気持ちが違う。月岡と過ごした日々が、彼に触れているところから安息をくれる。

 珈涼はそっと月岡の頬を撫でて言う。

「その夢が心地いいなら、続きをしましょう? 私はもう震えているだけの子どもじゃありませんから」

 そのとき、無表情だった月岡の目に青い火のような情欲が映った気がした。

 次の瞬間、かみつくようなキスをされた。珈涼はそれを受け入れながらささやく。

「いいの。……ひどくして」

 そうして、冷たい床の上であの日の続きが始まった。

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