29 病めるときも
第44話
珈涼には何が起こったのかわからなかったほど、またたく間に事は起こった。
いきり立つ月岡の部下たちは、飛び込んできた猫元の部下たちが制止した。
「この件の責任はすべて猫元が取る! 誠意の証に必ず若頭を回復させる。だから今は手当をさせてくれ!」
信用できるものかと吐き捨てた月岡の部下もいたが、何としてもボスの無事が最優先だと主張する部下の方が強かった。結果、まもなく月岡は双方の部下たちに病院に運ばれて行った。
珈涼はそれについて行きたかったが、月岡の部下たちは首を横に振った。
「お嬢さんの安全も最優先事項です。すぐ本家に連れて帰るよう、親父さんに言われています」
彼らにとって珈涼はまだ「お嬢さん」だった。月岡は部下たちが珈涼を馴れ馴れしく呼ぶのを嫌う。月岡に守られていて、珈涼は暗い部分も汚い部分もまだほとんど知らなかった。
車の中、珈涼は月岡の身が心配でたまらなくて震えていた。どうしたら、そう思えば思うほど、自分にできることがわからなかった。
龍守組の本家で座敷に入ると、組長の父と、父に頭を下げる猫元の姿があった。
「面目ない! 信じてほしいとは今更言えませんが、断じて私の作為ではありません!」
猫元は切羽詰まった調子で謝罪していて、父はそれを無言で聞いていた。
猫元は父より一回りほど年上で、父も若い頃から世話になったと話していた。だからなのか、父はうなりながら口を開く。
「……個人的には、あなたに同情する。誰がやったかは見当がつきますから」
父は独り言のようにつぶやいてから、眼光鋭く告げた。
「とはいえ、私も立場がある。あなたのメンツにかけて、月岡を無事に返すように」
猫元は何度も頭を下げて、必ず助けると約束して去って行った。
珈涼は一睡もできないまま朝を迎えて、早朝に屋敷の前に車が停まる音を聞いた。
しばらく経って、父は珈涼の部屋を訪ねてきて言った。
「……峠は越えた。しばらく入院するが、大丈夫だ」
父に肩を叩かれて、珈涼は涙があふれた。
それからの日々は、一日が一季節のように長く感じた。今日こそ無事に戻って来てほしいと、珈涼は毎朝起きるたびに一番に願った。
けれど三日が過ぎ、一週間が過ぎる頃になっても、月岡は病院から戻らなかった。
心配で気持ちがあふれて、珈涼が一人で屋敷を抜け出したとき、裏門で停まった車があった。
「不破さん?」
運転席から顔をのぞかせたのは、少し気弱そうな顔をした月岡の親友だった。
「危ねぇぞ、珈涼さん。月岡が心配なのはわかるけどよ」
乗りなと言われて、珈涼は慌てて助手席に滑り込む。
「月岡さんの病院の場所、不破さんはご存じですか?」
「ああ」
珈涼の言葉にうなずきながら、不破は眉を寄せた。
「あいつは今、珈涼さんに会いたくないと思う。……それでも会いたいか?」
珈涼ははっと息を呑んだが、すぐにこくんとうなずき返した。
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