第43話
まもなく瑠璃は戻って来て何事もなかったように食事を始めたが、珈涼は月岡が動揺しているのを感じていた。
月岡と瑠璃は一緒に暮らしたことがなく、父も違っていて、二人で会うところさえ見たことがない。けれど雅弥と瑠璃が境界を越えた証を聞いて、月岡の中にある兄の心が揺らいだのだろうと思った。
「瑠璃、大丈夫?」
「うん、いつものことだよ」
雅弥と瑠璃はまるで仲のいい兄妹そのもので微笑みあって話しているから、ますますその裏の事実を恐ろしいものにさせた。
雅弥が一方的に瑠璃を抱いたと思うには、瑠璃の表情が明るい。瑠璃はずっと一緒に過ごした兄への親しさから、異母兄妹の禁忌を越えてしまったように感じた。
月岡と珈涼が黙りこくったまま、食後のコーヒーが運ばれてくる頃になった。
瑠璃は笑って、珈涼に一声かける。
「珈涼さんには特別に、紅茶にしました。時々は食後の紅茶もいいものですよ」
珈涼はちらと月岡をうかがった。ここへ来る前に月岡に言われたことを思いだしたからだった。
――珈涼さんだけ違うものを給仕されたら、手をつけないようにしてくださいね。
月岡はそっけなく雅弥を見やって言う。
「私にも同じものをもらえるか?」
「仲睦まじいね、君たちは」
月岡はこれまでも、意図的に珈涼より先に食事を進めていた。体が弱く、アレルギーもある珈涼は狙われやすい。横目で必ず珈涼に危険がないかを見守っていた。
雅弥はおおらかに笑って、給仕を振り返る。
「じきに奥方様になる方に特別なティー体験をしてもらいたかったんだがね。まあいいだろう。……みなに同じものを」
少しの時間の後、四人の前に紅茶が並べられた。華やかな花の芳香の漂う紅茶で、珈涼は目を細めて香りを楽しむ。
けれど珈涼は喫茶店で長く手伝いをしてきた身で、香りに違和感を抱いた。
向かいの席から香る花と、こちら側の席の花の香りが違う。そういう奇妙な感覚に、珈涼は月岡を振り向く。
「月岡さ……」
月岡だって、普段の慎重な彼なら気づくはずだった。
けれど月岡は向かいの席でおいしそうに紅茶を飲む瑠璃を見て、自分も紅茶に口をつけていた。
ふいに月岡は顔をしかめると、手を伸ばして珈涼のカップを叩き落とす。
「飲むな! これは……!」
月岡の声は途中から濁って、激しい咳に変わる。
「……麻薬!」
席から崩れ落ちる月岡に、珈涼と部下たちが駆け寄る。
目を見張って硬直している瑠璃と、微笑を浮かべた雅弥がそれを見下ろしていた。
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