第42話

 月岡と珈涼の結婚式が二日後に迫った日、二人は海を臨むホテルでディナーに招かれた。

 場所の選定には、月岡は虎林に注文をつけていた。虎林の配下が経営する店でないこと、こちらの部下も控えていること、外部から攻撃を受けない立地であることだった。

 珈涼にはなじみのない条件ばかりだったが、虎林は快くそれらを呑んだ。虎林が選んだホテルは、雅弥の父の代からの重鎮で、月岡の結婚にも一役買った猫元氏の所有するところで、料理も猫元が責任を持つと言ってくれた。

 ここでトラブルが起これば猫元のメンツをつぶすことになる。それを見て、月岡ももてなしを受けることを承諾した。

 潮騒の音だけが届く静かな夜だった。珈涼は月岡に手を取られて、貸し切りにされたホテルのラウンジに足を踏み入れた。

 雅弥と瑠璃は既に席について二人を待っていた。白いスーツと黒いスーツ姿、対照的な服装だったが、それは対のように釣り合って見えた。

 瑠璃は身長こそ雅弥には及ばないものの、一礼してみせる仕草一つでも洗練されていた。自分のように月岡に守られていない彼女に、珈涼はうらやましいとも思った。

 二人は月岡と珈涼の姿をみとめると席を立って、雅弥などは月岡に歩み寄って肩を叩いた。

「よく来てくれた。父の代からの対立など私たちの時代には不要だろう?」

 雅弥は月岡の手を取って笑いかける。

「君と瑠璃が兄妹であるように、私とも兄弟になろう。君の組にとっても利益になるはずだ」

 月岡はそれに答えず、珈涼をそっと席に導くと、自ら椅子を引いて席についた。

 双方の部下も控える中、雅弥の合図でディナーは始まった。

 宝石のような海の幸のカルパッチョに、とろけるようなクリームポタージュ、サラダには珈涼の好きな果物がたっぷりとあしらわれていて、珈涼が終始好むようにコースが組まれていた。

「新婚旅行はどちらに行かれるのかな?」

「今は少し慌ただしいのでね。落ち着いてから」

 雅弥が中心に話題を振り、月岡が言葉少なく応じる。話すのが苦手な珈涼は雅弥に話しかけられたらどうしようと緊張していたが、彼はそれも知っているのかむやみに珈涼に話を振ることはなかった。

 代わりに瑠璃が、皿にあしらわれた様々な果物を示して問いかける。

「珈涼さんはどの果物がお好きですか?」

 珈涼はまだ少し緊張しながら答える。

「どれも好きですが、アンズがおいしいですね」

 瑠璃はその答えに微笑んでうなずく。

「そうだと思いました。大事に召し上がっていらっしゃるから」

 珈涼は気恥ずかしい思いでうつむいたが、次第に瑠璃が相手ならと少しずつ緊張を解いていった。

 月岡の口調は雅弥に距離を取ったままだったものの、食事は和やかに進み、メインの肉料理が運ばれてくる次第になった。

 濃厚なトリュフが香るステーキがテーブルに並べられた途端、瑠璃が苦しそうな顔をして席を立った。

「……失礼」

 瑠璃は口元を押さえて急いで部屋を出て行く。突然のその様子に、珈涼は思わず雅弥に問いかけた。

「瑠璃さん、どうされたのですか?」

 雅弥はさほど慌てた様子はなく、悠々と構えたまま言う。

「瑠璃は最近食事の好みが変わってね。前はステーキも大好きだったのだけど、ここのところ肉全般が受け付けないみたいで」

 その言葉に、珈涼は同じ言葉を最近聞いたことを思いだした。

――なんだか食事の好みが変わっちゃってね。魚大好きだったんだけどなぁ。

 豆子はそれを、照れくさそうに珈涼に言っていた。

――……赤ちゃんができると、よくあるんだって。

 カタっと、月岡が持ったナイフの先が揺らいだ。

「責任はとるよ。私も男だからね」

 雅弥はそれを愉快そうに見やって、ワインを傾けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る