第41話

 珈涼は龍守組の本家に来ると、襲名の控室で月岡と落ち合った。

 月岡は黒い紋付袴姿で、普段のスーツ姿とはまた違う艶やかさをまとっていた。けれど袖を上げるさまも歩く様子も慣れていて、珈涼はまだ知らない彼の姿にひとときみとれた。

 月岡は部屋に入ってきた珈涼を見て微笑む。

「和装の珈涼さんは格別のあでやかさですね。いつ見てもいい」

 月岡は屈みこんで、いたずらっぽく珈涼に言う。

「結婚後は着物が変わりますけど、いろいろご用意していますよ。楽しみにしていてくださいね。……早速今夜から試着してみますか?」

 間近でささやかれると、なんだか二人で過ごしているような気分だった。

 けれどそのまま二人で甘い時間を過ごしたくても、ここは本家で、まだ月岡は儀式の途中だと自分に言い聞かせる。

 珈涼は一緒に入ってきた月岡の部下を振り向いて、彼が持っている花束を目に留めながら言う。

「月岡さんの儀式のお邪魔をするつもりはないのです。でも……報告したいことがあって」

「瑠璃のことですか」

 月岡に話が伝わっていることに気づいて、珈涼はまばたきをする。

 月岡は別の部下の方を振り向いて、珈涼に目配せをする。

「私の方にも、雅弥から祝電が来ました。「虎林組は龍守組の新しい若頭の襲名を祝う。後日ディナーの席を用意したので、妻となる方と一緒にどうぞ」と」

 月岡は眼光鋭く前を見据えると、吐き捨てるように言う。

「珈涼さんを誘拐した身で何を言うか。恥を知れ」

「で、でも」

 珈涼は月岡を見上げて首を横に振る。

「虎林組の組長と若頭からのお誘いを無下にしては」

「珈涼さん。瑠璃に同情する必要はありません」

 月岡が瑠璃を名指しすることは珍しく、珈涼ははっと口をつぐむ。

「雅弥に操られているとしても、瑠璃ももう大人です。……雅弥と関係を続けている以上、雅弥と同じ船に乗っている立場です」

 月岡は珈涼に断定するように告げる。

「誘いは、罠です。断りの使いを出しておきます」

「でも、瑠璃さんは……」

 珈涼は哀しい目をして月岡を見上げた。

「月岡さんの妹さんです。妹が、お兄さんを祝ってはいけないですか?」

 珈涼は月岡を見返しながら続ける。

「月岡さんは、ご自分の側の親族を誰一人結婚式に呼ばれませんでした。それは月岡さんが決めることだとわかっています。けど、私がお兄さんに同じことをされたら……」

 珈涼は兄の真也を思いながら、言葉をつまらせる。

「……ごめんなさい、お祝いの日に。失礼します」

 珈涼は踵を返して、その場を去ろうとした。その袖をふいに月岡がつかむ。

 袖を引かれた先は、月岡の腕の中だった。月岡は困り顔で珈涼に言う。

「珈涼さんのわがままは珍しい。道理を崩す力がある」

 月岡はぽんぽんと珈涼の背を叩いて、一つ息をついた。

「警護は厳重にいたしましょう。もちろん、珈涼さんを怯えさせるようなことがあればすぐに退出する」

「では……」

 珈涼の表情が晴れていく。それを見て、月岡は珈涼にささやいた。

「わがまま一つですから、ごほうびも一つくれますね?」

 珈涼は月岡の背に腕を回して顔を赤くすると、こくりとうなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る