28 罠
第40話
撮りますよと月岡の部下に言われて、珈涼は豆子と身を寄せ合った。
成人式で二人が着ていた振袖を、今日も身に着けている。それは月岡と不破がそれぞれの恋人のために用意してくれた、大事な衣装だった。
豆子はカメラを覗き込んで大きくうなずく。
「うん! いいよ。珈涼ちゃんもどう?」
珈涼もまた、卒業証書を持って豆子と写真に収まった自分を、満ち足りた気持ちで受け止めた。
高校時代までは、愛人の子どもと言われてあまり友達もできなかった。母の喫茶店を継ぐのだからと、それ以外の未来も思い描けなかった。
珈涼は豆子を見返して、ちょっと泣きそうな顔でうなずく。
「……夢みたいです」
友達と振袖を着て大学の卒業式を迎えるなんて、想像もしていなかった。
豆子は笑って珈涼の肩を叩く。
「今日が終わりじゃないよ。これからよろしく。大変なこともあるだろうけど、助け合っていこーね」
「はい……」
二人はせっかくだから最後に大学の中を回っていこうという話になった。
通い詰めたゼミ室、サンドイッチがおいしかった喫茶、季節の彩りが豊かだった並木道を、順々に巡っていく。
最後に講堂に戻る途中、珈涼は裏門を見て少し足を止めた。
そこは何度となく、月岡が珈涼を車で送ってくれた場所だった。月岡はめったに珈涼を電車に乗せずに、ここまで自身の車で送ってくれた。
気をつけていってらっしゃい。悪い遊びをしてはいけませんよ。月岡はそう念を押して、降り際の珈涼の頭に口づけた。
「珈涼ちゃん?」
そのときの甘い声音を思い出して赤くなった珈涼に、豆子が声をかける。
珈涼は慌てて豆子に振り向こうとして、誰かが裏門で車から降りたのに気づいた。
そのひとは黒いスーツをまとい、しなやかな体躯の長身で、目を引く緊張感をまとっていた。手に白い薔薇の花束を携えていて、つと珈涼を見た。
そのまなざしは、月岡を思わせた。実際、姿形もとてもよく似ていた。違うところをみつけるのが難しいくらいに、月岡を写し取ったようないでたちをしていた。
「……瑠璃さん」
瑠璃は男性ほどに背も伸びて、華やかさに磨きがかかったようだった。彼女は微笑んで珈涼に歩み寄ると、白い薔薇の花束を差し出して言う。
「ご卒業おめでとうございます。どうぞ、これを」
「失礼。お話なら私がうかがいます」
月岡の部下が近づいてきて、警戒するように珈涼の前に進み出る。
瑠璃は部下にふっと笑うと、優しく珈涼に告げる。
「お祝いの日に争うのはよしましょう。今日はディナーのお誘いに参りました。……月岡さんもご一緒に、ぜひ」
珈涼は息を呑んで、瑠璃の言葉を聞いていた。
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