第39話

 珈涼が言いよどむさまで、月岡は彼女の答えを察したようだった。

 月岡は苦笑を浮かべて言う。

「珈涼さんがためらうのも当然です。人生を左右するかもしれない選択ですから」

 月岡は優しく珈涼を見返してさとす。

「大丈夫。私がちゃんと避妊していますから」

 それを聞いて、珈涼の表情はますます陰った。

 月岡はその反応に少し違和感を抱きながらも、食卓に食事を運ぶ。

 それぞれの席についた後、二人で食事を始める。

 けれど珈涼はいつも以上に月岡に返す言葉が少なかった。それに気づいて、食事が終わった後に月岡から切り出す。

「どうされたんですかとおたずねする前に、私の気持ちを話しましょう」

 月岡は珈涼が顔を上げたのに安堵して、話を始めた。

「私はまだ、少し早いと思っています。珈涼さんは初めてのときの翌日、病院に駆けこまれたでしょう?」

 こくんとうなずいた珈涼に、月岡は目を伏せて言う。

「ひどく怖がっていらっしゃった。珈涼さんはまだ十八で、新しい家に連れてこられたばかりでした。それなのに、私の身勝手で振り回してしまった」

「私は……」

 珈涼の声はふいににじんだ。月岡は珈涼の言葉を促すように首を傾ける。

 沈黙の後、珈涼は喉をつまらせて言った。

「子どもができたら、月岡さんに迷惑をかけてしまうと思って……怖くて仕方なかったんです」

 珈涼の目から涙がこぼれた。月岡はそれに口の端を下げて、珈涼さん、とつぶやく。

 珈涼は涙を落としながら心を打ち明ける。

「今も月岡さんが避妊していて、安心してるんです。もしできたとき……子どもは欲しくなかったと言われてしまわないかと、怖くて」

「……そんなことを考えていらっしゃったんですか」

 月岡は顔色を変えて席を立つと、珈涼の隣に座った。

 月岡は珈涼の肩を抱いて、目線を合わせながら言う。

「あなたとの子どもを疎むなどということは、今もこの先も、決してありません。どんな子でも待っていますし、愛しています」

 珈涼の背をさすって、月岡はしばらく考え込んでいたようだった。

 やがて月岡も打ち明けるように言う。

「怖い……そうですね。私も怖がる気持ちはあるんですよ」

「月岡さんが?」

「珈涼さんが私のことを嫌いになったら。珈涼さんが傷ついたら。そんなことあってはほしくないと思っても、もしかして……私の前からいなくなってしまったら」

 月岡は首を横に振って言う。

「怖いです。そうなるくらいなら、今のままでいてほしい」

「……月岡さんはそれでいいのですか?」

 ようやく顔を上げた珈涼に、月岡はうなずく。

「珈涼さんを一人で悩ませてしまっている間は、まだそのときではないのです。私は珈涼さんと生きていきたくて結婚を申し込みました。こうして暮らしている時間だって好きですよ」

 珈涼は涙を拭って、月岡を見上げながら問い掛ける。

「はい……私もです」

「なんだか今日が結婚式みたいですね」

 月岡は笑って珈涼の頭を胸に抱く。

「私と珈涼さんの気持ちが通ったのだから、今日式を挙げてしまいましょうか?」

「だ、だめです……」

 珈涼は少しうろたえながら言った。

「待ってください。あと少しだけ」

「いいですよ」

 月岡は珈涼の額にキスを落として返す。

「あと少しだけ、ですからね?」

 じきに迫った結婚式を意識して、珈涼は顔を赤くしていた。

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