第38話

 夕方、不破が組の事務所に戻って来て、豆子は満面の笑顔で彼に言った。

「聞いて! 今日病院行ってきたんだけど、三か月だって!」

 不破は一瞬だけその言葉の意味を考えた様子だったが、豆子の表情ですぐに思い当たったようだった。

 不破は興奮した様子で豆子の肩をつかんで言う。

「本当か!?」

 どうやら二人は前々からそういう話をしていたようで、待ちに待ったという顔ではしゃぎ合う。

「すごいなお前! やるって決めたら本当にやっちまった!」

「そうそう! もっと褒めて!」

 豆子は得意げに胸を張って、上機嫌に言う。

「食べたいものいっぱいある。赤ちゃんのためなんだからいいよね」

「おう、何でも食え。どれから……」

 不破はうなずいて、ふいに言葉をやめた。豆子は不思議そうに不破に問い返す。

「どうしたの?」

「俺、こんなに幸せでいいのかって、ちょっと考えちまった」

 不破は豆子の背中を抱いて、泣き笑いのような顔で言う。

「……ずっと俺と一緒にいてくれよな、豆子」

 豆子は彼女らしくもなくちょっと動揺した様子で、慌てて言い返す。

「な、何よぅ! そういうことは夜景の見えるレストランとかで言うんだよ。気が利かないなぁ、健吾は!」

「お、おう」

 不破はぽりぽりと頭をかいて、苦笑しながら豆子を見下ろした。

「わかった、わかった。夜景の見えるレストランな? 用意ができたら言うから、今日はまず祝おうぜ」

「しょうがないなぁ……」

 二人はそう約束すると、仲良く連れ立って出かけて行った。

 珈涼はずっとほほえましそうな顔をしていたが、二人の姿が見えなくなった途端、ふとうつむいた。

 珈涼を迎えに来ていた月岡は、珈涼の気がかりそうな顔を見て眉を寄せる。

「私たちも帰りましょう」

 ビルを降りて、月岡は珈涼の手を取って先に助手席に乗せる。月岡自身は運転席に乗り込んで、車を走らせた。

 二人で夕食の準備をしながら、月岡は問いかける。

「……珈涼さんも子どもが欲しいですか?」

 珈涼はうつむいて、月岡を見返せないまま悩んでいるそのことを思った。

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