27 前夜
第36話
珈涼の大学の卒業式の前日、彼女は兄の真也と母の喫茶店で会った。
真也も明日、大事な日を迎えることになっていた。珈涼は彼に会ってそのことを口にしていいか迷ったが、真也は彼から先に切り出した。
「俺はさ、月岡に初めて会ったときから、あいつに負け続けるだろうなって思ってたんだ」
明日、月岡は龍守組の若頭として、珈涼の父から正式に襲名を受けることになっている。
それは真也が、組長の息子でありながら若頭の地位を追われるというもので、彼の母親の姐は今も認めていない。
「でもこの世界は力のある人間が上に立たないと、下で働く奴らが傷つく。俺、そういうのは嫌なんだよ」
真也は粗野に見せて優しい気性だった。父はそれを知っていて、若頭には向かないと判断したらしかった。
珈涼は彼のコーヒーを足そうとして、真也に制される。彼はそれほど胃が強くなく、何杯もコーヒーが飲めない。
真也はその一杯のコーヒーを名残惜しそうに飲みながら言う。
「月岡がお前までさらっていくのは、正直まだ認めたつもりはないんだけどな」
「兄さんとは、離れてもずっと兄妹であることに変わりはないのよ」
「そりゃそうさ。当たり前のこと言うんじゃねぇよ」
珈涼がためらいなく彼を兄さんと呼べるようになって、真也はもっと珈涼に優しくなった。
「卒業して一週間後には結婚だろ。大丈夫か? 月岡の強引さに呑まれてないか?」
真也も四月から一人暮らしで新生活を始めるというのに、彼は珈涼の心配ばかりしていた。
珈涼はそんな兄に微笑んでうなずく。
「うん……大丈夫。月岡さんと話し合って決めたから」
真也は珈涼の言葉を聞いて少し黙ると、眉を寄せて言った。
「……俺はさ」
珈涼が首を傾げると、真也は独り言のようにつぶやく。
「お前と初めて会ったときから、どうせ俺なんてすぐ要らなくなるって思ってたよ」
「兄さん……」
「でも」
真也は苦笑して言葉を続ける。
「そこまでお前の兄貴は弱くねぇ。これからも邪魔してやるよ」
珈涼は照れ隠しのように目を逸らした真也に、くすっと笑い返した。
「うん。ありがとう、兄さん」
まもなく昼の時間で、漂うコーヒーの香りが穏やかな兄妹を包んでいた。
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