番外編 わがままといたずら

第35話

 その日は珈涼の母玲子の誕生日で、珈涼は久しぶりに実家で過ごす予定になっていた。

 珈涼は泊ってくると言っていたし、月岡もゆっくりしてきてくださいと笑った。とはいえ珈涼がいない夜を何ともいえない虚脱感で迎えて、明日には帰って来るのだからがまんしろと自分に言い聞かせてごまかしていた。

「月岡さん、迎えに来てくれますか?」

 だから珈涼が夜十時頃に電話をくれたとき、もちろんすぐに迎えに行きますと快諾したものの、多少違和感はあった。

 違和感の正体は、珈涼の顔をひとめ見てすぐにわかった。

「……珈涼さん、酔ってます?」

 ほんのりとピンク色をした頬、むずかゆそうな口元。子どもが拗ねたみたいな顔をしている珈涼に、月岡はほっこりした。

「酔ってないです」

 ぷすっとそっぽを向いた珈涼は、珈涼の両親が見ていなければ抱きしめたくなるくらいに可愛かった。

 お祝いだから少しシャンパンを飲ませただけなんだけど。玲子はそう申し訳なさそうに言ったが、月岡は全く構いませんと上機嫌でうなずいた。

 本人が帰りたいというから帰すが、すぐに寝かせるように。珈涼の父は念を押したが、月岡はうなずいたふりをして全然そのとおりにするつもりはなかった。

 車に乗せて家まで連れて帰る。珈涼は自分の足で歩いていたものの、リビングのうさぎのクッションのところまで来ると、うさぎに頬を寄せてころんと横になった。

「ここで寝ます」

 この可愛い生き物をどうしてくれよう。月岡は笑いをこらえながら優しく言う。

「こんなところで寝たら風邪をひきますよ。まずお風呂に入りましょう。ほら、ばんざいってして」

 月岡が声をかけると、珈涼はむくれた顔で首を横に振る。

「やです。お風呂で寝ちゃいます」

「大丈夫ですよ。私が責任を持ってベッドまで連れて行きます」

「私、ちっちゃい子どもじゃないです……」

 珈涼はいやいやと、子どもみたいにごねる。月岡はできるだけこの状況を長引かせたいと思いながら、珈涼の顔をのぞきこんだ。

 ふと月岡はいたずら心がわいた。きっと今なら、普段彼女にできないことをできる気がする。

「珈涼さんは、子ども扱いは嫌なんですね?」

 月岡はうさぎのクッションごと珈涼を後ろから抱き込むと、彼女をのぞきこみながら同意を求めた。

 珈涼はそれにこくっとうなずく。月岡はうなずきかえして問いを重ねた。

「どうしてほしいんですか?」

「や……。月岡さんにしてもらうのじゃなくて、私が」

 ちょっと舌足らずの口調でそんなことを言われると、体も心もたまらなくなる。

 月岡は珈涼を自分の方に向けて悪い笑みを浮かべる。

「……じゃあ、いっぱいしてもらいましょうか」

 珈涼に教えたかった秘密の遊びなど、いくらでもあるから。

 月岡は珈涼の目が覚めないうちにと、そっと珈涼を抱き上げてリビングを後にする。

 それはささやかなわがままと、それに似合わないいたずらの嵐。

「悪い子には、お菓子もいたずらもあげましょうね」

 ベッドの中で諭した月岡自身が、たぶん一番悪い大人だった。

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