ド屑

 あなたは、私がいなきゃダメだから。


「おい、聞いてんのかよ?」

「うん……ごめんなさい…………」

「ったく、バカのひとつ覚えみたいに、ごめんなさいごめんなさいってよぉ!」

「ごめ…………」


 思わず口元を押さえる。


「チッ」


 彼は、舌打ちをして家から出て行った。

 私は、ふらふらと洗面所に向かって、鏡を見る。


「汚い」


 左目の上に痣が出来ていた。口端は切れている。蹴られた腹部が痛い。

 でもきっと、いつもの優しいあなたになって戻って来てくれるだろうから。私は、大丈夫。

 そうだ。晩ごはんの買い出しに行こう。

 傷の手当てをしてから、私は、スーパーに向かった。左目は、前髪で隠して。

 こういう日は、彼の好物を作った方がいい。ハンバーグの材料をかごに入れていく。


「オネーサン、怪我してるの?」

「え?」


 不意に声をかけられ、顔を上げる。長い金髪で眼鏡をかけたチャイナ服の男の人が隣にいた。


「口のとこ、切れてる。それに、その前髪の下、腫れてない? 殴られたの?」

「か、関係ないでしょう? 私、平気です…………」

「オレ、愛坂慧三。ほら、もう関係あるでしょ?」


 勝手に名乗った男は、心配そうにしている。


「オレ、分かるんだよね~。オネーサンのカレシでしょ? やったの」

「それは…………」

「それ、DVだから。別れなよ。オレ、そういう奴嫌ーい」

「彼には、私が必要なんです。いつもは優しいんです」

「共依存だね~。よくないよ」


 諭すように囁くアイサカさん。


「こんなに綺麗な顔に痣つけるなんて、クズだよ」

「どうすればいいんですか……? だって、別れたいなんて言ったら…………」


 殺される。

「オレが助けてあげる」と、彼は笑顔で言った。

 そして。


「ただいま」

「おかえりなさい」

「さっきは、悪かったな。ちょっと気が立っててよ」

「ううん。もういいの。もう、あなたとは別れるから」

「は?」


 何度も浴びてきた殺気。怒りの視線を向ける彼。


「ざっけんじゃねぇぞ! お前!」

「はいはーい。そこまでにしとけよ、DV野郎」


 私を狙った拳を受け止める愛坂さん。


「なっ!? なんだテメェ!」


 死角から現れた愛坂さんに驚いている。


「お前みたいなのに名乗る名前ないんだわ」


 愛坂さんは無表情で、そのまま彼の腕を捻り上げた。


「痛っ!」

「カノジョに比べたら、全然痛くないと思うよ~」


 足払いをして、彼を床に倒す。それから、髪を掴んで耳元で告げた。


「弱い奴がさらに弱い人を殴ったりすんだよね。そうでしょ? 元カレシくん」

「ぐっ!」

「今後、オレのカノジョに近付いたら殺すからね~。ばいばーい」


 彼を絞め落として、愛坂さんは外に放り投げる。


「はい、お掃除完了~」

「あの、オレの彼女っていいました……?」

「そう言っといた方がいいかなって。嫌だった?」

「……いえ」


 愛坂さんが、指で私の前髪を上げた。


「うん。その傷なら、ちゃんと消えるよ。間に合ってよかった」

「はい。ありがとうございます」


 涙があふれる。

 あなたに会えてよかった。

 私、あなたの恋人になったら、幸せになれますか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

有毒ツインズ 霧江サネヒサ @kirie_s

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画