読者
勤めている書店の常連客に、気になる人がいる。
目元が包帯とガーゼで隠れているスーツの人。
彼は、よく小説の文庫本を買っていく。大抵は、文庫落ちした話題作だ。
アルジャーノンに花束を・ぼぎわんが、来る・テスカトリポカ・地面師たちとか。
店員たちが付けた渾名は、包帯さん。
「あの人、何者なんでしょう?」
「ヤクザとかじゃない?」
そんなことを同僚と話す。
「高級スーツの下に入れ墨があるかもね」
「私は、意外と普通のサラリーマンじゃないかと思います」
「あの身なりで?」
「はい」
だって、不思議と怖くないし。
会計の時に、いつも「ありがとうございます」って言って一礼する彼。律儀で礼儀正しい人なんだろうな。
休憩時間も終わり、仕事に戻る。
普通に暮らして、一週間後。
包帯さんが来店した。
「いらっしゃいませー」
お決まりの挨拶を言う。
数分後、包帯さんは、鵺の碑を持ってレジへ来た。
黒い革財布からお金を出す彼。
「ありがとうございました」と私が言うと、「ありがとうございます」と一礼する。
シフト終わりになったので、私の頭の中に、ある考えが浮かんだ。
今なら、間に合う?
「お先に失礼します!」
「お疲れ様~」
急いで店を出て、目立つ彼を探す。
人混みの中に金髪を見付けた。
私は、小走りで彼に近付く。
「あの、すいません!」
「……はい?」
振り向いた包帯さんは、私をじっと見ている。気がする。
「あの、私、そこの書店の」
「はい。店員さんですよね」
「そうです。はは、急にすいません」と、謝ってから自己紹介をした。
「私は、愛坂狂次と申します。それで、何か用事が?」
「あ、いやぁ。愛坂さんと本について話してみたくて」
言えない。あなたの素性をつまびらかにしたいなんてこと。
「では、カフェでも行きましょうか?」
「え!? いいんですか?!」
「はい。もう帰宅するだけでしたから」
「よ、よろしくお願いします」
まさか、あの包帯さんとカフェに行けるとは。
私たちは、近くのカフェに入り、それぞれ飲み物を注文した。
愛坂さんは、ブレンドコーヒーで、私は、カフェラテ。
「愛坂さんは、いつから読書が好きなんですか?」
「成人してからですね。それまでは、勉強ばかりしていました」
「へぇ。あ、私は、小さい頃から本の虫でした」
話しているうちに、カフェ店員が来て、飲み物を置いて行った。
「差し支えなければでいいんですけど、ご職業は?」
「殺し屋です」
「えっ? はは。そういう冗談を言うタイプなんですね、愛坂さん」
顔色が読めない彼は、コーヒーを一口飲んでいる。
たぶん、あんまりパーソナルな話はしたくないんだろう。
私は、カフェにいる間、本の話だけすることにした。
「では、また本屋でお会いしましょう」
「はい。さようなら」
「さよなら」
去って行く愛坂さんを見送り、私も帰ることにする。
鵺の碑を読み終えたら、また会えるみたいだから。楽しみに待っていよう。
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