境界線
昨夜、千葉県の✕✕✕✕✕市のマンションで、この一室に住む工員の愛坂慎一さん(37)と妻の良子さん(35)が血を流して死亡しているのが見つかり、警察は、遺体の状況などから殺人事件として捜査しています。
テレビで昼のニュースが流れている。
ふたりの子供は、東京の食堂で、それを見た。
特に顔色を変えず、愛坂狂次と慧三は、カツ丼を食べ続ける。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
兄弟は、料金を支払い、店を出た。
「これからどうする? きょーちゃん」
「治安の悪いところへ行きましょう。そういうところには、悪い仕事があるはずです」
「りょうかーい」
大きな荷物を持ったふたりは、慣れない都会を懸命に進む。
その晩、彼らは漫画喫茶に泊まった。
ふたりが最初に見付けたのは、おそらく薬か何かを運ぶ仕事。悪い大人に、低賃金で使われた。
数日後。ふたりは、警察官に声をかけられる。
「君たち、未成年だよね? 何してるの?」
「…………」
狂次は、思案した。弟だけ逃がすか? 警官を殺すか?
「あ、いたいた。おーい」
ふたりに向かって手を振り、近付いて来る者。
「知り合い?」
「はい」
見知らぬスーツ姿の男だった。
「すいませんね、おまわりさん。このふたりの叔父です」
「失礼。身分証を拝見しても?」
「はい。免許証で」
「ご協力ありがとうございます」
男と警官は、二言三言話し、男だけが残る。
「あなたは?」
「はじめまして。愛坂狂次くん。と、慧三くん」
警戒心から、ふたりは身構えた。
「あ、これ名刺ね」
それを受け取り、兄弟は怪しい男と交互に見る。さっきの免許証とは名前が違う。
矢代協会 人事部
安房乱丸
「変な名前」と、慧三が言った。
「偽名だからねぇ。千葉県担当だから、安房なんだよ」
「矢代協会とは?」
「殺し屋の協会」
「殺し屋…………」
都会の雑踏の中、三人だけが非日常にいるかのよう。
「単刀直入に言おう。君ら、協会の養成所に入りなさい。そうすれば、プロの殺し屋になれるから。衣食住は保証するよ。寮があるからね」
新手の詐欺を疑ったが、金のなさそうな子供を狙う理由が分からない。それに、安房は、ふたりの本名を知っていた。
「その申し出、受けます」
「うんうん。いい判断だ。君ら、両親殺したろ? 捜査線上に、君らのことが上がってる」
「捕まりたくなーい」
慧三が嫌そうな顔をする。
「そうだろうね。まあ、協会に入れば、犯人はでっち上げてくれるから心配ないよ」
始末対象の殺し屋を犯人に仕立て上げ、自殺に見せかけて殺す。それが、協会のやり方だった。
「協会に入るのは、私だけにしていただきたいのですが」
「狂次くんだけ? まあいいけど。殺し屋の身内の保護機構もあるしね」
「よろしくお願いします」
「しまーす」
ふたりは、一礼する。
こうして、愛坂狂次は殺し屋という道を歩くことになった。
慧三とは、別の道。その一歩を踏み出したのは、弟と生きていくためであった。
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