不協和音

 きょーちゃんとオレ、どっちが強いんだろう?

 愛坂慧三は、たまにそんなことを考える。

 ふたりが本気で戦ったら、どうなるのか?

 答えは、そう。最終的には、愛坂慧三が勝つ。

 何故なら、狂次に弟は殺せないから。

 そのことに、慧三は気付いている。


「きょーちゃんは優しいもんな~」

「お兄さんがどうかしたの?」

「んー。なんでもなーい」


 隣に座る女に、テキトーな返事をした。


「そう。それで、今度の休みのことなんだけど、ホテルのビュッフェに行きたくて」

「うんうん。オレも行きたいな」


 煙草をふかし、女に同意する。

 慧三は、会話を続けながら、兄のことを考えた。

 きょーちゃんを殺すとしたら、世界中の人間を殺した後だな。それまでは誰にも殺されないでね、きょーちゃん。

 その後。女の出勤を見送り、慧三はいつものチャイナ服を着て、出かけることにした。

 そして、兄の自宅のインターホンを鳴らす。

 狂次が出る前に、合鍵でドアを開けた。


「きょーちゃん、いる~?」

「はい」


 狂次は、白いYシャツに黒いスラックス姿で現れる。これが、彼の部屋着だ。どうやら、非番らしい。

 相変わらず目元は、包帯とガーゼで隠されており、首元には、包帯が巻いてある。 

 その姿は、慧三には見慣れたものなので、特に何も思わない。


「何か用事ですか?」

「ううん。遊びに来た」

「そうですか」


「遊びに来た」とは言ったものの、ふたりでソファーに並び、慧三はスマホを見ているし、狂次は文庫本を読んでいるだけだ。

 静かな時間が流れる。ふたりは、この時間が嫌いではない。


「そういえばさぁ」

「はい」

「きょーちゃんは、ペット飼わないの?」

「このマンションは、ペット禁止です」

「でも、魚とかハムスターとかは飼えるんじゃない?」

「殺し屋は、ペットを飼えないのですよ」

「そっか」


 いつ死んでもおかしくないから、生命を預かることは出来ないのである。


「どうしてそんなことを?」

「きょーちゃんって、恋人作らないじゃん。寂しくないの?」


 狂次は、慧三と違い、女・酒・煙草・薬・ギャンブルは避けているようだ。


「慧三君がいます。それに、それなりに親しい人もいますから」

「ならいいけど」


 そう言ってから、慧三はスマホから顔を上げて、狂次を見る。


「きょーちゃん。誰にも負けないでね」

「……はい。一度でも負ければ死にますからね」


 文庫本から顔を上げて、狂次は答えた。


「約束だよ」

「はい」


 オレが殺すまで、死なないでね。

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