デュエット

 少々困ったことになった。

 愛坂狂次がターゲットの家に侵入した時、すでに死体が転がっていたのである。

 狂次が調べたところ、その男の死体は、間違いなくターゲットであり、刺殺されていた。

 心臓を一突きにし、捻った痕跡がある。

 周りを見渡すと、金を抜かれた財布が落ちていた。


「…………」


 狂次は、心当たりにメッセージを送る。

『慧三君、この死体に見覚えは?』

 画像を送信。

『今日殺した奴だ』

『もしかしてマズかった?』

『いえ、大丈夫です』

『気にしないでください』

 スマホをしまい、空の財布を男の通勤鞄に戻した。

 念入りに、慧三に繋がる物がないか調べる。

 特になし。弟の手際がよくなったことに感心した。彼の殺しは、ほとんど独学だというのに。

 協会に任務完了の連絡を入れて、回収屋がやって来た。


「お疲れ様です、愛坂さん」

「お疲れ様です」

「今回もいい仕事ですねぇ」

「ありがとうございます」


 一礼する狂次。


「あれ? この死体、ずいぶん前に殺してません?」

「予定を早めました。普段より早く勤務先に向かおうとしていたようなので」

「そうですか。じゃあ、なんですぐに連絡しなかったんです?」

「それが、スマホの充電が出来ていなかったらしく」

「あー、あるあるですね。寝る前の充電器の差し忘れ」


 回収屋が、死体を袋に詰めながら笑った。


「愛坂さんも、やっぱり人間なんですねぇ。実はロボットなんじゃないかと疑ってたんですよ」

「まさか」

「ははは。ですよねぇ」

「では私は、これで」

「はーい。お疲れ様です」

「失礼します」


 一礼し、狂次はターゲットの家を出る。

 上手く誤魔化せたらしい。顔色を変えずに堂々と嘘を並べるのも慣れたものだ。だいたいは、弟のせいだが。

 慧三がしくじった時や、都合が悪いことをした時、それをカバーするのは、兄の狂次の役目だった。

 昔、慧三が、“つい”ベッドを共にした女を殺した時。当然、女の死体には、慧三に繋がるものがベタベタと付着していた。

 その死体の処理を要請したのは、狂次である。回収屋を自費で雇い、「私的な殺しは控えてくださいね」と小言を言われた。

 そういう面倒をかける弟ではあるが、結局のところ、狂次は慧三を許している。

 大切な、たったひとりの家族だから。同じ、人殺しという業を背負っているから。

 狂次は、自分が慧三にしてやれることは少ないと考えていた。

 殺すことしか能がない自分。せめてもの手助けが、こちら側に関すること。

 考え事をしながら帰宅すると、慧三がリビングのソファーに座っていた。


「おかえり、きょーちゃん」

「ただいま」

「オレ、また面倒かけた?」


 珍しく笑みを消し、問いかける慧三。


「いえ。慧三君が気にすることはありません。ただ、あの死体が私のターゲットだっただけですよ」

「マジ?! そんなことあるんだね~!」


 慧三は、けらけら笑い出す。


「私が殺したことにしたので、問題はありません」

「うん。ありがとー、きょーちゃん」

「どういたしまして」

「きょーちゃん、困ったことがあったら、オレに言ってね」

「はい。頼りにしています」


 狂次が父を殺した日に、母を殺してくれた慧三には、本当に助けられたのだ。

 弟が、自分を置き去りにしなかったこと。独りにはしなかったこと。それが、愛坂狂次が弟に感じている恩義の全てであった。

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