有毒ペアレンツ

 14年前。千葉県の田舎。

 愛坂家は、田んぼに囲まれたマンションの一室にあった。


「狂次! お前は役に立たねぇなぁ!」

「はい。すいません、お父さん」


 13歳の狂次は、父親に顔を何度も殴られ、その慣れた痛みに耐える。


「あんたは、お使いもまともに出来ないしょうがないガキだよ。全く、誰に似たんだか」


 母親は、狂次を庇うどころか叱責した。

 両親に、酒のつまみを買いに行かされて、帰って来たら、「遅い」と怒られる狂次。毎回こうなるから、狂次は、積極的に自分が使いに出た。

 そんな様子を、弟の慧三はドアの隙間から覗いている。

 また、きょーちゃんが酷い目に遭ってる。

 日曜日の昼は嫌いだ。両親が揃うから。


「じゃ、アタシ寝るから。静かにしてよね」


 夜職の母は、寝室へ向かった。

 父親は、リビングでテレビを見ながら酒を飲み続けている。

 狂次は、慧三がいるふたりの部屋に引っ込むことにした。


「きょーちゃん、大丈夫?」

「平気です」


 そうは言うが、顔は痣だらけで、口端は切れている。

 ふたりの部屋は愛坂家で一番狭く、五畳しかなくて、物が少ない。

 小さい頃は、この広さでも十分だったが、今では足りていない。

 ふたりは、この家で息を潜めるように生きていた。

 田舎では比較的新しいマンションの住人なので、この地方都市では、いつまで経っても余所者扱い。その上、双子が小学生の頃から、親が給食費を払わないことで悪評が立ち、子供伝いに村八分にされていた。

 子供たちは、愛坂兄弟を苛めるし、大人たちは、ひそひそと蔑みの視線を送る。

 うんざりだった。この狭い世界には、もう一秒もいたくないと思った。

 愛坂狂次は、その晩、0時過ぎ。眠っている父親の喉に包丁を突き刺す。これが、彼の初めての殺人。


「きょーちゃん……?」


 そこへ、眠そうに目を擦りながら、慧三が来た。


「慧三君」

「……お父さん、殺したの?」

「はい。私たちには必要ない人です」

「そーだね」


 慧三は、そっと、血に濡れた包丁を持つ狂次の手を握る。


「きょーちゃん、一緒に逃げよう」

「はい」


 それから、ふたりは金と食料をかき集めて、大きな鞄ふたつに詰め込んでいった。

 金庫を開けるのに時間がかかってしまい、夜が明ける。

 そこで、玄関が開く音がした。母が仕事から帰って来たのである。


「きょーちゃん、待ってて」

「慧三君?」


 慧三は、父を殺した包丁を手にして、母の元へ向かった。


「お母さん」

「なんで起きてんのよ?」

「さよーなら」


 包丁で、母親の喉をかっ切る。


「は…………」


 ごぼり、と血を吐いて、母は倒れた。


「この人もいらないもんね」


 慧三は、母親のバッグから財布を抜き取り、狂次のところへ戻る。


「きょーちゃん、行こう」

「はい」


 ふたりは、玄関のドアを開けて、外へ出た。

 朝日が、眩しく狂次と慧三を照らす。

 ふたりの人生は、やっと始まったのだ。

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