ライク・ア・グランドチャイルド

 特に目的もなく散歩していると、前を歩いている高齢の女性が、ハンカチを落とした。


「ねぇ! ハンカチ落としたよ!」

「あら?」


 愛坂慧三は、ハンカチを広い小走りで振り返った老婦人に追い付く。


「はい、どうぞ、マダム」

「まあ、ありがとう。こんなおばあさんを、素敵に呼んでくれて、嬉しいわ」

「どういたしまして!」


 慧三は、ニッコリ笑った。


「あなた、綺麗なお衣装ねえ」

「オレ、チャイナ服好きなんだ~」

「そうなのねえ。よかったら、お礼にお茶でもどうかしら?」

「いいの? ありがとう。オレ、愛坂慧三だよ」


 老婦人と互いに軽く自己紹介をして、彼女の家を目指す。


「慧三ちゃんは、優しいのねえ。おばあさんに時間を使ってていいの?」

「オレ、すげーヒマだから大丈夫!」

「ふふ。ありがとうね」


 十分後、老婦人の家に着いた。

 瓦屋根の古い日本家屋。広めの庭は、綺麗に整えられている。


「どうぞ、いらっしゃい」

「お邪魔しまーす」


 明るく招きに応じる慧三。


「さあ、座布団どうぞ」

「ありがと」


 慧三は、臙脂色の座布団を受け取り、卓袱台の前に敷いて座った。


「お菓子、好きに食べて」

「はーい」


 卓袱台の上の菓子盆には、栗饅頭やみすゞ飴や煎餅が入っている。


「いただきます」


 手を合わせてから、慧三は、醤油煎餅を食べた。普段、あまり食べることがないので新鮮に感じる。

 家の主は、台所で緑茶を淹れ、羊羹を切っていた。


「お待たせ、慧三ちゃん。お茶と羊羹よ」

「うん、ありがとう!」

「召し上がれ」

「いただきまーす」


 湯のみを手に取り、お茶を飲む。続いて、羊羹に楊枝を刺して食べた。


「美味しいねぇ」

「よかったわ。若い子の口には合わないんじゃないかと心配だったの」

「そんなことないよ? 若い子も、和菓子食べるもん。女の子は、可愛い練り切りとか好きだし~。オレは、いちご大福が好き」

「まあ、そうなのね」


 老婦人は、口元を押さえて笑う。

 ふたりのお茶会は和やかに進み、終わった後は、縁側に並んで庭を眺めながら話した。


「こうしてると、なんだか孫が出来たみたいだわ」

「そう? オレ、兄貴しか家族いないんだぁ。ばあちゃんには、会ったこともないや」

「あら、ごめんなさいね…………」

「いいよ、気にしてないから。オレと兄貴、双子なんだよ! 仲良しだし、わりと似た者同士?」

「それは素敵ね。ねえ、慧三ちゃん」

「なーに?」

「あなたがよければ、いつでも遊びに来てちょうだい。楽しみに待ってるわ」

「うん! オレ、また会いに来るよ!」


 老婦人は柔らかく微笑み、慧三は歯を見せて笑う。

 穏やかな昼下がりの光景だった。

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