ベノム・ワーク

 男と、肩がぶつかった。否、ぶつけたのは、わざとである。


「申し訳ありません」

「いえ、大丈夫です」


 謝った男、愛坂狂次は、不意にサイレンサー付きのピストルを取り出し、ターゲットの頭と心臓を撃った。


「任務完了しました」


 スマートフォンで、連絡をする。


「お疲れ様です、愛坂さん」


 側の車内で控えていた回収屋の男が来た。


「お疲れ様です」

「では、死体の回収と清掃はやっときますんで」

「はい。よろしくお願いします」


 回収屋と別れ、コンビニで食料を買い、帰路につく。

 帰宅してから、消臭スプレーを硝煙の匂いがするスーツに吹きかけた。

 その後、シャワーを浴びる。


「ふう…………」


 風呂場から出て、Tシャツとズボンに着替えた。

 リビングのソファーに座り、テレビをつける。

 ニュース番組を流してはいるが、さして興味はない。

 時刻は、17時。晩ごはんにはまだ早い。

 狂次は、テレビを消して、本棚の前に行く。

 本棚には、話題作や文豪の著作の文庫本が並んでいる。見る者が見れば、主体性のないラインナップだと思うかもしれない。

 狂次は、読みかけの「テスカトリポカ」を手に取り、ソファーへ戻った。

 彼に趣味はないが、読書ということにしているので、本を読む。

 たまに、面白いと思える本もあるので、それはいいことだった。「テスカトリポカ」は、今のところ楽しめている。

 そうしていると、スマホが震えた。

 発信者が、協会の上役だったので、すぐに出る狂次。


「はい」

「愛坂さん、急なんですが、今からいけます?」

「大丈夫です」

「じゃあ、ターゲットと場所送ります。よろしく」

「はい。お疲れ様です」


 通話を短く終えた。

 狂次は、オースチンリードの黒いブリティッシュスーツに着替え、うなじに香水、ペンハリガンのブレナムブーケをかける。柑橘の鮮やかな香りが広がった。

 さて。楽しい仕事の時間だ。

 グレンソンの黒い革靴を履き、夕暮れの街を歩く。

 ターゲットは、中年の男性。素性は詳しくは知らされないし、興味もないが、ヤクザらしい。

 男を発見した狂次は、人気のない場所まで尾行し、他人の目や監視カメラのないところで射殺した。

「任務完了しました」と、スマホで報告する。


「お疲れ様。今回はヤクザ同士の抗争ってことにするから、死体は放置で」

「承知しました。お疲れ様です」


 通話を終えた。

 愛坂狂次は、自宅へ向かって歩き出す。

 仕事をした後は、気分がいい。

 殺し屋であることは、彼の生き甲斐だった。

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