レイニィ・ホリディ

る。

……・

 ミスト・シャワーのような霧雨だったから、肌がじっとりと濡れていくのを感じながら立ち尽くしていた。エーデルワイスの鼻歌がちょうど二周したときにあたしの上だけ雨が止んで、見上げれば紺青色の傘が覆い、面白げな顔つきをした黒い瞳の男性と目が合った。

 石煉瓦の橋の上で車は小魚の群れのように規則正しく過ぎていき、歩く人は機械仕掛けのように半円を描いて避けていく。白いブラウスを肌に張り付け、刻一刻濃くなっていく萌葱色のスカートを穿いた乙女はオルゴールのように歌う。そこにスーツを着た若い男性が現れて、ゼンマイを止めた。メロディの途中できっと止まないように。

 なのであたしは運命に観念してうそぶいた。

「ジェーン・ドゥ」

 すると彼も答えたの。

「ジョン・スミス」

 かくしてあたし、小国の王女と訪問国の見知らぬ日本人は出会った。

 お互い、偽名でね。


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