8 言葉だけじゃ足りない
真夜と両想いだと分かって、一週間が経った。
あんなことを言っておいて、真夜は一度も僕を抱いていない。
優しいキスはくれるけれど、なんだか物足りない。
二人きりで一緒にいるようになって分かったが、真夜は過保護がすぎる。
もう大丈夫だと言っているのに、まだ顔色が悪いとか弱っている体に無理をさせたくないとか、色々と理由を並べて、僕が真夜の手伝いをしたいと申し出ても断られてしまうのだ。
他にも、食材は冷蔵庫にあるから料理を作ろうと思っても、包丁は危ないからと取りあげられてしまったり、洗い物をしようとしても割れたら危ないとかで触らせてもらえなかったり。
不注意で転んでほんの少し膝に痣ができただけで顔を真っ青にして大騒ぎしていたし、本当に真夜は僕をなんだと思っているのだろう。
深窓の令嬢か何かと勘違いしていないだろうか。
本家で暮らしていた時は使用人にすべて任せていたから心配するのも分かるが、ここは西園寺家ではないし、真夜が本気で西園寺グループを失墜させるつもりなら、これからは僕自身にできることを増やしていかなければと思うのだ。
自分が普通ではないという自覚はあるが、一般常識は学んでいるつもりだし、来年には大学に入って経営学を本格的に学ぶ予定だ。
自分のことくらい自分でできるーーはずだ。
(そういえば、もうすぐ学校が始まるのか……)
真夜が僕を連れ出したあの日、高校は夏休み期間だった。
こんなに長引くと思っていなったので気にしていなかったが、さすがに高校が始まるまでには落ち着くだろうか。
過保護すぎる真夜なら、高校なんて行かなくていいと言うかもしれない。
それならそれでもいいかと思う自分もいて、歪んでいることを自覚する。
だがそれは真夜のせいでもあると思う。
話題の本や映画のDVD、漫画、テレビゲームなど、西園寺家の屋敷にいれば触れることのなかった娯楽に真夜が触れさせてくれたから。
軟禁生活に変わりはないが、一人の時間も楽しく充実したものになっている。
それに、恋人と二人きりで過ごせるのだ。誰の邪魔もなく。
出かける真夜をいってらっしゃいのキスで見送り、帰ってきた真夜をおかえりのキスで出迎える。
とても幸せだ。
祖父の鳥籠から出て、真夜の真綿に包むような優しい鳥籠で幸せに過ごしている。
現実的な思考はすでに放棄していた。
西園寺グループがどうなっているのか気になっていたけれど、あんなにも大きかった祖父の影から出てしまえば案外どうでもよくなった。
跡取りとしての責任感も、宿命も、そのすべてから解き放たれたような気がして。
しかし、そうなると僕はこれまで何のために生きてきたのだろうと闇に沈みそうになる。
祖父にまで見捨てられないようにと、性的虐待にあたる行為をすべて黙って受け入れて、耐えて、穢れて、心が壊れかけて。
もう何もかもに疲れてしまった。
今の僕には、真夜がいてくれればそれでいい。
僕はずっと、真夜の優しい鳥籠の中で目隠しをしている。
「ただいま、佳月」
いつものように、真夜が僕にキスをする。
ただ普段と違ったのは、真夜から女物の香水の匂いがしたこと。
今までどこで何をしているのか、僕から聞くことはなかった。
それでも、もし外で女と会っていたのなら話は別だ。
(もしかして、僕をここに縛り付けるために、僕を好きだと嘘をついたのか……? 本当は、女がいて、だから、僕を抱いてくれない……?)
真夜がいつも何をしているのか知らないから、瞬間的によぎった不安から嫌な想像ばかりが膨らんでいく。
「佳月?」
「……真夜は、本当に僕のことが好き?」
「あぁ。好きだよ。愛してる」
真夜の目は嘘をついているようには見えなかった。
それでも、これが演技じゃないとどうしていえようか。
離れていた三年間という月日が、彼を変えているかもしれないのに。
言葉だけではもう信じられない。
「本当に?」
「どうしてそんなことを聞くんだ? 何か不安にさせるようなことがあったなら、言ってほしい」
僕は真夜の腕を引いて、ベッドルームへ移動する。
真夜は戸惑いながらも、黙ってついてきた。
「……いて」
「ん?」
「僕のことが本気で好きなら、今すぐ抱いてくれよっ!!」
真夜をベッドに押し倒して、馬乗りになる。
心がないと思っていたあの頃が嘘のように、僕は感情的になって涙を流していた。
こんな風に怒鳴って、縋りつきたいわけじゃなかったのに。
自分で自分の行動が制御出来ない。
「ちょっと待て。今すぐはさすがに……俺は帰ってきたばっかだし風呂も」
「やっぱり、僕が好きだなんて嘘で、真夜はノンケなんだろ……だから、僕を抱いてくれないんだ」
「それは違うっ!」
「だったら、いいよね?」
僕は真夜の返事も待たずに服を脱ぎ始める。
無理やりにでも、真夜が欲しかった。
他の誰にも取られたくない。
嫉妬と寂しさと不安が心の中で暴れていた。
「佳月、やめろ。一旦、落ち着いて話をしよう」
上半身が裸になり、下を脱ごうとしたところで、真夜に止められる。
「嫌だ。その気になれないってなら、その気にさせてやる」
僕は真夜のズボンのベルトを外し、チャックを下ろした。
どうせ何の反応もないと思っていたそこを見て、息を呑む。
「え、どうして……まだ触ってもいないのに」
「だから、言っただろ。俺は佳月のことが好きでどうしようもないって。好きなやつが目の前で脱いだら、反応する」
真夜の股間はしっかり反応していて、祖父のばかり見ていた僕にとっては大きすぎるソレに言葉を失っていた。
「でも、佳月を不安にさせてたなら、悪かった。両想いだって分かって、かなり浮かれてたんだ。大事にしたいと思うあまり、慎重になりすぎていたみたいだな」
真夜の手が、僕の頭をそっと撫でる。
それだけで不安が消えていく。
「ちゃんと俺が佳月のこと好きだって、言葉以外でも伝えるよ」
という言葉を聞いた直後には、体勢が入れ替わっていた。
「あれ?」
真夜が上になって、僕を見下ろす。
その瞳は獲物を前にした獣のようにギラついていた。
「一週間、俺も我慢してたんだ。本当は少しずつ慣らしていこうと思ってたんだが、そういうの全部なしにして、佳月を求めてもいいか?」
「うん、うん、僕を真夜でいっぱいにしてほしい……!」
真夜に求められることが嬉しくて、僕は何度も泣きながら頷いた。
愛されていると身体に刻みつけてほしい。
こういう形でしか、僕は愛情を信じることができない身体になってしまったから。
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