3 心に巣食う後悔
意識を失った佳月を横抱きにして、真夜は部屋を出て行こうとする。
こんな場所に一秒でも長く佳月を置いておけなかった。
しかし、ガタン、と後ろから物音が聞こえた。
(もう目が覚めたのか)
佳月には不法侵入ではないと言ったが、実際はそれに近い手段で真夜は西園寺家の本邸にやってきた。
とはいえ、この屋敷に然るべき行政の捜査が入るのは時間の問題である。
西園寺家の会長に逃げられてはこの三年の努力がすべて無に帰るため、逃げないよう真夜は事前に忠告にきただけだ。
証拠隠滅されないよう、会長には気持ちよく眠っていただいていたはずなのだが。
「……私の佳月を、どこへ連れて行く気だ」
老人の寝言なんてまともに相手にしていられない。
無視しようかとも思ったが、真夜にとって聞き流せない言葉だった。
「言っておくが、佳月はあんたのもんじゃない」
――俺のものだ。
そう言いたいのをグッと抑える。
「私のものだよ。私が、私好みに作り上げた、最高に美しい人形だ!」
――佳月は人形なんかじゃない。
心が一瞬で怒りに塗りつぶされる。
「その子の体のことなら私がすべて知り尽くしているっ! お前のような若造にくれてやるつもりはないぞ」
そっと佳月の体をソファに寝かせて、真夜は静かにベッドに近づいた。
自由を奪うために手足をしばり、ご丁寧に睡眠薬まで用意してベッドに寝かせてあげたというのに、この変態ゲス野郎はまだ足りないというのだろうか。
殺気を隠しもせずに拳を構えれば、ようやく「ひぃっ」と怯えたような表情を見せる。
それでも、止めてやる義理はこちらにはない。
勢いのままに拳を振り下ろせば、ドスっとシーツに拳がめり込んだ。
「あ~、残念。外してしまいました。次は、あてますね?」
「こ、こんなことをしておいて、タダですむと思うなよっ! 明日にはお前は刑務所の中だ!」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。これまで佳月の心を殺してきたお前の老後は冷たい刑務所の中がぴったりだ。あと、忘れているようだが、俺は西園寺グループ会長の裏の顔をいくつも知っている。下手なことを証言すれば、さらに問題が大きくなることをしっかりそのスカスカの脳みそに刻んでおけよ」
狼狽える会長の耳元に、真夜は脅しの言葉を流し込む。
本当は正気を失わせるほどの恐怖を味わわせてやりたい。
しかし、心神喪失故に犯した罪だと思われたくないのだ。
(西園寺グループ会長の失墜なんて、佳月がこれまでに受けてきた心の傷の十分の一にも満たない)
こんなことしかできない自分が悔しくて、真夜は拳を強く握る。
あまりに力を入れ過ぎて、自身の爪で皮膚を裂いてしまったけれど、そんな痛みさえも、佳月の心を思えば痛くも痒くもない。
「それでは会長、最後の夜はどうか良い夢を」
思ってもいない言葉を吐いて、真夜は佳月を抱いて今度こそ部屋を出た。
「――すべて、燃やし尽くしてやりてぇな」
用意していた車に乗り込み、バックミラーに映った大豪邸を見てぽつりとつぶやく。
こんなに広くても、佳月の心に自由なんてなかった。
いつもどこか控えめに、従順で、それでいて誰かのぬくもりを必死で求めていた。
第一印象は、ただ友達のつくりかたが分からない普通の子。
勝手に気取った我儘な坊ちゃんの相手をさせられるのかと思っていたけれど、佳月は違っていた。
周囲が彼を跡取りとして扱うせいで、子どもらしい無邪気さは残っていなくて、放っておけなくて。
兄弟がいなかったから、初めは友人というより弟のように思っていた。
それでも、一緒に過ごすうちに少しずつ真夜といる時だけ、表情が変わるようになってきて、そのひとつひとつの表情から目が離せなくなった。
――この表情は、俺しか知らないんだ。
喜びが胸に広がって、この先も自分だけが佳月のことを知っていたいと思うようになった。
それなのに、気づけなかった。佳月が真夜にさえ隠そうとしていたものに。
きっと、佳月が心を許してくれていることが嬉しくて、舞い上がっていたのだ。
もっとよく見ていれば、気づけたはずなのに。
――俺が一番、佳月の傍にいたのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます