2 偽りの言葉たち
これは一体、どういうことだろう。
屋敷を追い出されて、もう二度と会うことはないと思っていた真夜が、祖父の部屋にいるなんて。
それに、僕を救いにきた?
本気でそれを信じられるほど、僕の世界は甘くない。
「佳月」
名を呼ばれ、ハッとする。
三年ぶりに会う真夜の顔に笑顔はない。
僕自身、状況が飲み込めない中で笑えるはずもなく。
警戒心を剥き出しに、真夜を睨みつけた。
「どうして、お前がここにいる? お祖父様はどうした?」
これは立派な不法侵入ではないだろうか。
そう、思ってのことだった。
しかし、真夜はふっと鼻で笑う。
「そんなに警戒しなくても、俺はここに不法侵入したわけじゃない」
「じゃあ、一体何の用でここにいる?」
「会長と内密な取引をしにきた。もうすぐ、西園寺グループは終わるからな」
「嘘をつくな……!」
信じられない。そんなはずはない。
しかし、少しだけ頭に引っかかっていることもある。
最近、祖父が何やら秘書たちと忙しそうにしていた。
どうしたのかと問うても、気にしなくていいと言われるだけだった。
西園寺グループの危機であれば、僕にも何か話してくれるはずだろう。
だから、きっと、あり得ない。
まして、ただの使用人の息子だった真夜が西園寺グループを揺るがすことができるはずがないのだ。
しかし、真夜はにやりと笑って、僕に一歩近づく。
「俺が佳月に嘘をついたことがあるか?」
「嘘をつかない人間なんていない」
「あぁ、そうだな。佳月は俺に嘘ばかりついている」
真夜から逃れるように後ずされば、いつのまにか背後には壁が迫っていた。
「それとこれとは話がちが」
「違わない。いつまで、心を殺して生きるつもりなんだ?」
ドン、と壁に手をついて、真夜は僕を見下ろして問う。
その言葉に、ひゅっと喉が鳴る。
真夜だけが知っている。
僕がいつも仮面をつけているせいで、本当の自分さえ見失って生きていることを。
「お前をここから救うためだ。許してくれ」
それは懇願のようだが、僕の意志は聞いてくれない圧力を持っていた。
もしかすると、本気で、あの日の約束を守るためにきたのだろうか。
真夜の眼差しに、僕の心臓がドクドクと脈打つ。
「もう、夜な夜なあのゲス野郎に怯えなくていいんだ」
耳元で優しく囁いて、真夜はそっと僕から離れた。
そして、僕の前に手を差し出す。
「佳月、俺のもとへ来い」
ずっと殺し続けていた心が、動き出す。
真夜の手を取りたいと叫ぶ。
もう離れたくない、と。
しかし、西園寺家の跡取りとして、人形としてつくられた僕の理性が止める。
それにーー。
(真夜を突き放した僕に、この手をとる資格なんて、ない……)
僕は、真夜の手をバシっと叩き落とす。
「もう二度と僕の前に現れるなと言ったはずだ……! 僕は、お前とは行かない」
「佳月」
「僕の名を気安く呼ぶな!」
会いたいと思っていた、唯一の心の拠り所である真夜に強い拒絶の言葉を吐く。
これが他人なら、死んだ心が疼くこともなかっただろう。
しかし、真夜を拒絶するだけで、胸が張り裂けそうに痛む。
この三年、忘れたことはなかった。
友人として傍にいてくれた彼を突き放した痛みも。
久しぶりに感じるこの強い痛みに、無表情を保つことは難しい。
だから、真夜を直視できずに、顔を背ける。
「そうですね。私は佳月様にとって、友達ごっこをしていた従者に過ぎない」
淡々と話す真夜の言葉が、チクチクと胸に刺さる。
「あぁ、そうだ」
「でも、私にとっては違いました。あなたがどう思っていようと、私はもうこんな場所にあなたを置いてはおけません」
その言葉を聞いた直後、僕の唇は真夜に塞がれていた。
後頭部には真夜の手が回り、離そうとしても離れられない。
ドンドンと強く真夜の胸を叩いても、ビクともしなかった。
「んんっ?!」
抗議の声を上げようと口を開けば、真夜の舌とともに、錠剤のようなものが入ってきた。
くちゅくちゅと熱い舌が互いの唾液をかき混ぜて。
怪しい薬を飲まされるわけにはいかない、と抵抗するも、僕が飲み込むまで、真夜は舌で僕の口内を犯し続けた。
ゴクリ。
しかし、飲み込んだ後も真夜はキスをやめない。
だんだんと、頭がぼうっとしてきた。
薬が効いてきたのかもしれない。
僕の力が弱まってきたのを感じて、ようやく真夜は唇を離した。
「ごめんな。愛してるよ、佳月」
意識を失う前、そんな言葉を聞いた気がした。
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