第2話

閉め切られた窓の外から、雨音が薄っすらと聞こえてきた。

 唯人にも聞こえたのだろう。

 俺の口元を塞いでいた手を下ろして、唯人は笑みを浮かべる。

 そして、防音効果のある分厚いカーテンを、おもいきり開けた。

 外は雨が降り出していた。それも、かなり強い雨が。

 窓ガラスには雨粒がたたきつけられては流れ落ちていく。

 俺に背を向けて、雨模様を見つめる唯人。


「……ほら。僕はもう平気だ」


 振り返って笑うその顔は、とても平気には見えない。


「だから、次もし雨の日に練習さぼってくるようなことがあったら、晴臣のこと嫌いになるからね」


 続いた言葉は俺の心臓を一瞬止めるほどの威力を持っていた。

 唯人に嫌われるなんて考えたこともない。


 七歳の時からずっと、唯人は俺の隣にいたのだ。

 容貌は儚げな美少年でありながら、自分の芯をしっかり持っているところはかっこよかった。

 頭も良くて、顔もいい。愛想もよくて、みんな唯人のことが好きになる。

 サッカーしか取り柄のない、ガサツな俺とは何もかもが違った。

 俺は唯人が眩しくて、羨ましかった。そして、とても誇らしかった。

 俺の幼馴染はすごいだろう、と自慢して回りたいぐらいだった。

 実際に自慢したことだって一度や二度ではない。

 付き合いが長いということは、それだけ相手のことを知っている。

 いつもニコニコと優しい笑顔を浮かべている唯人だが、俺の前では作り笑いなんてしない。

 ありのままの姿を見せてくれる。

 それが嬉しくて、同時にむずがゆくて、何とも言えない心地になる。

 唯人の怒った顔も、不機嫌な顔も、泣いている顔も、俺だけが知っている。

 幼馴染の――俺だけの特権。

 サッカーよりも何よりも、大切なもの。


「でも俺は、嫌われてもいいから、唯人に会いに来るよ」

「じゃあ、もう晴臣のことは嫌いだ。これからは友達でもなんでもなっ」


 雷が落ちた、と同時に俺は唯人の体を抱きしめた。


「……だって、なぁ。唯人、お前も嘘つくの下手だよ」


 震える身体で、泣きそうな表情で、嫌いだなんて言うものだから。


「うるさい、離せよ」


「無理だ。こうしてれば、雨の音も気にならないだろ」


 ぎゅうっとさらに唯人の体を抱きしめれば、唯人が真っ赤な顔で暴れ出した。

 日ごろから練習で鍛えている俺と、帰宅部で家にいることが多い唯人では体のつくりがまったく違う。


「離せって……この、馬鹿力っ」


 唯人を抱きしめるのは初めてではない。もちろん邪な気持ちなんてなかったし、友人としてのハグだった。

 ――でも、今は。

 俺の腕の中でもがく唯人を離したくないと強く思った。


 バリバリバリ――空間を裂くような雷の音が聞こえて、唯人の腕は本人の意志とは裏腹に俺の体にしがみついた。

 

「大丈夫。俺が側にいるからな」


 唯人に届くように、俺は耳元で囁く。

 安心させるように背中を撫でると、唯人は借りてきた猫のように大人しくなった。


(やっぱりまだ、全然大丈夫じゃないじゃねぇか)


 内心で俺は口を尖らせる。

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