雨の日に、君と。
藤堂美夜
第1話
ジメジメとした暑さに、俺は自転車をこいでいた足を止めて思わずため息を吐く。
季節は夏。それも梅雨だ。
自分の息さえも暑くてたまらなくて、うんざりとした気分になる。
背中にはじっとりとかいた汗で制服のシャツがはりついて、黒いズボンが暑苦しさを増す。
どうして男子高校生の制服は短パンがないのだろうか。
一年中、黒の長ズボンなんて、どんな拷問だろうか。
まあ、思春期を引きずっている男子高校生には、仮に短パンがあったとしても、すね毛の生えた汚い脚を女子にさらすことなんてできないだろうが。
こんな馬鹿げたことを考えるのも、このうっとおしい暑さのせいだ。
睨むように空を見ると、見事な曇天が広がっている。
もうじき、雨が降るだろう。
天気予報のお姉さんも、夕方からは降水確率80%だと言っていた。
雨が降りだす前に、俺には行かなければならないところがある。
――いや、会わなければならない人がいる。
俺は再びペダルに足をかけて、走り出した。
* * *
バタバタと忙しなく階段を上がり、目当ての部屋の扉をノックもなしに開く。
「唯人! 大丈夫か!?」
「……晴臣? 何しに来たの?」
部屋の主――唯人は、読んでいた本から顔を上げて、俺のことを軽く睨む。
それだけで、俺の心臓はおかしな動きをする。
幼馴染の唯人とは、もう十年近くの付き合いだ。
それなのに、どうしてこうもドキドキしてしまうのか。
半袖から伸びる白い手足は同じ男とは思えないほどにきめ細やかで、冷ややかにこちらを見つめる漆黒の瞳は長いまつげに縁どられている。
思わず唯人に見惚れていた俺は、不機嫌そうな唯人のため息を聞いて我に返った。
「……えっと、なんか雨が降りそうだと思ってさ」
「サッカー部の練習は?」
「ん~、早めに終わったよ」
「ほんと、晴臣は嘘が下手だね。どうせ練習抜け出してきたんでしょ?」
パタンと開いていた本を閉じ、唯人が再びため息を吐く。
何故、バレた……!?
俺の高校はサッカー部の強豪校で、練習は日が落ちるまで続く日がほとんどだ。
今は五時過ぎ。まだチームメンバーは練習していることだろう。
勉強よりも、友達と遊ぶよりも、俺はサッカーが好きだと言える。
それでも強豪校での練習は厳しく、一年の時はずっとベンチだった。毎日必死に練習して、二年に上がってようやくスタメンに入れた。
これからが大切な時期だと分かっている。
分かっていても、どうしても雨の日だけは駄目なのだ。
「晴臣、もう心配しなくてもいいって何度も言ったよね?」
「いや、でも……」
「僕は大丈夫だ。もうあの頃みたいな子どもじゃないんだから」
少し苛立ったような声だった。
俺は唯人を子ども扱いしたい訳ではない。
ただ、心配なだけで。
「僕のことは心配せずに、晴臣は晴臣のしたいことをちゃんとして。次の試合、スタメン入りしたって喜んでいたじゃないか。今、晴臣がすべきことは僕のところに来ることじゃないだろう?」
「試合のことを気にしてるなら、大丈夫だって! 俺、けっこう上手くなったし、監督にも認められてるんだ。雨の日に少し早めに練習を切り上げるくらい……――」
平気だ、と続けようとした俺の言葉は、急に立ち上がった唯人の手に抑えられた。
俺よりも繊細なその手が、力み過ぎて震えている。
痛みは感じなかった。
「晴臣は、全然わかってない!」
目の前で叫んだ唯人の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて、俺は戸惑った。
唯人を傷つけてしまったのだろうか。
何故? いくら考えても馬鹿な俺には分からない。
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