浮気現場と訓練場4

父と僕は家から離れて、人気のない場所に足を運ぶ。

必殺の一撃を放つ時、周囲に人やモノがあるのは危険だ。


よって、自宅付近の森を越えた遥か先。冒険者すら滅多に訪れないような岩場に来ていた。

背の高く鋭い岩に囲まれた、周囲から孤立した盆地である。


盆地の周囲も、しばらく深い森が続く関係で、かなり足場が悪い。

おまけに土地が窪んでいる影響で魔力が溜まるのか、出没してくる魔物の強さが圧倒的なのだ。


ただ、湧いてくるま敵は強いだけあって素材などが貴重なものかと問われればそうでもなかった。

普通に森にもいるスライムや、木のモンスターのトレント。


そんな弱小種ばかり。


魔力で強化されているだけで、種類は普通の敵と言える。


倒す難易度が上がるだけで、落とすものは変わらない。

それでは人が寄り付かなくなるのも自然の流れといえた。


「ここなら問題ないな」


だけどその性質が、逆に僕達にとっては有り難かった。

人がいないのは二つのメリットがある。

一つは迷惑が誰にもかからないことだ。街の近くで派手な修行などしていたら、誰かを怪我させてしまう可能性もあった。その危険性がないのは大きな利点だ。


そして、もう一つは特訓を秘密に出来ることである。墓守の一子相伝の技は継承する者以外には教えることは禁じられている。理由は知らないけれど。見られることすら、憚られるという。よって四方を岩で囲

われるという、天然のカーテンがあるこの場所は絶好の位置取りをしていた。


改めて周囲を一瞥して、父は頷く。


「始めよう」

「僕は何をすればいいの?」

「ひとまず、今日は見ているだけでいい」

「見るだけ?」

「そうだ。ただし、目に焼き付けろ」

「うん、分かった」


父は、いつものおんぼろの制服を着ていた。

服と同じように古びたスコップを肩にかけて、空間の中心に向かっていく。


「離れていろ、なるべく端の方がいい」


振り向きもせずに、歩いていき、ある一点で停止した。

僕は言われるがままに父との距離を空け、壁際に下がる。

前を向いたまま後ろ歩きをして、やがて背中が壁にぶつかるとろこまで来た。


父から目を離さないこと、それだけを意識していた。


「…………」


父はスコップを右手で持つと、左足を一歩前に出した。

特に構えることもせず、自然体のまま呼吸を整えている。

静寂がその場を支配していく。


すると、数秒もしないうちに、父の周囲を濃い緑のオーラが泳ぎ始めた。

強い風が吹き始め、竜巻のような勢いになっていく。


竜巻は父を中心に圧倒的なスピードで広がっていく。

旋風は僕まで遠慮なく巻き込み、加速する。


僕は必死になって吹き飛ばされないように、壁に必死にしがみついた。

父から溢れ出すオーラは竜巻に乗って飛翔し、上へ上へと巻き上がっていった。


「これは……」


緑は父の頭上遥か上空の、ある一点に集中した。

集っていき、一つの球体を形成していく。

非常に速いスピードでそれは成長し、膨らんだ。


できあがっていく球体は、完全な円形ではなく、歪な形であった。

エネルギーが暴走しているのか、ボコボコと形を変化させ、大きなうねりを伴い毎秒異なる姿を僕に見せる。


竜巻の所為で視界が悪くなっていることも合わさり、その様子は災害でも発生しているようであった。

それから、更に数秒。

球体の成長が終わった。


一定の大きさを維持し、形も円に収まっている。

すると、不思議なことに竜巻も落ち着きを見せた。

辺りは再び静寂を取り戻し、凪の時間がやってくる。


そこまできて、ようやく。


今まで微動だにしなかった父が所作を行うようになった。

肩に担いでいたスコップ型の剣。それを、右手で持ち直し、低く構える。

次いで、スコップを前に突き出すと、小さく唸った。


「はっ……!」


それが合図であったかのように、球体が渦を巻き始めた。

かと思えば、渦の先から閃光を伴った雷が、真下にドンと落ちて光った。

光の柱が出来る程に輝きは眩しく、そして鮮やかな緑をしていた。

一瞬、明るさに負けて瞬きをした後、父をもう一度見るとスコップに変化が生じていた。


極大の深緑に武器が包まれ、禍々しい雰囲気を放っていた。

色は、独特な形状で父の右腕すら巻き込んで怪しい光彩を僕に見せている。

それを目にして、僕は一つの単語を想起する。


龍。


そう、龍だ。

輪郭の曖昧なオーラのドラゴンが、父の腕ごと武器に纏っていた。


溢れ出す力は漏れだし、周囲を独特な空気として表れている。

綺麗だった。


世界一美しい光景は何かと問われれば、今この瞬間に自分が目の当たりにしているものがそうだと、自信を持って言えるぐらいには。

あまりにも美しい、生命の輝き。


父が今度は、大きく叫ぶ。


「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


体を捻って、旋回するようにして一薙ぎ。

渾身の一撃を眼前の岩壁に向かって放った。

龍のオーラが紫電を放ちながら、空気を震わせて走る。


その攻撃が当たった場所は、跡形もなく消し飛び地形が変わっていった。

龍は放たれたことで、自由を得たようで体を膨らませ、縦横無尽に駆け巡っていく。

自分の視界に入ったものを全て、飲み込んで破壊した。


そんな光景が続き、

そして気が付けば。


僕達を包んでいた四方の壁は半分も残っていなかった。

龍が辿った道は、塵一つ残さず何もかもが消えていて、その威力が伺える。

ずっと遠くの山の山頂まで、痕跡は続き、大地に痛々しい傷跡を残した。

空は裂け、大地は震え、生物は恐れる。


これは、人間が出せる最大の業だろう。

そう直感せざるを得ないほどに、強い一撃だった。


時間にして、僅か数十秒。


その間に地形や生態系すら変えかねない威力で地図を塗りつぶしていくかのような。

恐ろしい武力の極致である。


「ヤバいな、久々だったから加減を間違えちまった」


だが、技を放った本人は。

相変わらずの笑顔を浮かべて笑っていた。


いつも家でよくする表情。

これだけの力を振るって、なお父は笑っている。

それが、頼もしくもあり、恐ろしくもあった。

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