浮気現場と訓練場3
パルマが着替えなおすのに、数分。
それまで僕は目隠しをして、耳を塞ぎ、一時僕が辿ってきた通路に入っているように指示された。
万が一でも覗き見することができないよう、腕も拘束された。
よほど笑われたことが恥ずかしかったのだろうか。
ほんの少しでも間違いがないように、という思いが感じられた。
僕が笑ったのは、パルマの格好やお転婆さにではない。
単に妹のケトラと同じことをしている、という共通点を見つけた喜びの発露といった方が正確だ。
まあ、大切なのは自分がどう考えたかではなく、彼女がどう感じたかであるわけで。
客観的にみて、僕が彼女を笑った事実は確かなこと。
こういう扱いをされても、不当だとは思わなかった。
ちなみにこうして僕の体を縛ったのはカルラだ。
縄や布で人を縛るのは初めてだったようで、かなり結ぶのに手間取っていた。
そもそも、こうして誰かの自由を奪うことに抵抗があるらしく、パルマに早くしなさいと言われて泣きそうになりながら腕を動かしていた。
そんな中、不意に、カルラが耳元で囁いてくる。
「アークってパルマと知り合いになっていたんだね」
「う、うん」
「この前、情報が欲しかったのは、妹のためっていってたのに、やっぱりパルマと仲良くなりたかっただけなんだ。フーン。そうなんだ」
「い、いや違うんだカルラ。あのね……」
弁明するのは大変だった……。
そして、しばらくして。
「…………」
とんとん、と肩を叩かれた。
どうやら準備が整ったようだ。
僕は拘束を解かれ、ケトラの部屋に戻れることになった。
「ごめん、パルマ。あまりにも妹とそっくりだったから」
「今回は許してあげるわ。いきなり部屋に入った私も悪かったからね。……あなたの妹と一緒というのは喜んでいいのか悪いのか分からないわね」
パルマはいつもの格好に戻っていた。
黒の針金の王冠が頭上に浮かび、剣が体の周りを回っている。
ただ、服だけはカルラのものを借りたのか白いワンピース風の衣装だった。
黒を基調とした服を常に装備しているイメージがあったので、新鮮に感じる。
会った回数が少ないから、たまたま黒が多かっただけかもしれないが。
「それで、パルマはどうしてここに来たの?」
と、新しい格好を観察しているとカルラが聞いた。
「私が来たのは、貴方と話をしたかったからよ」
「私と……?」
「そう、でもその前に一つ」
パルマは僕の方を向いた。
彼女の黒の双眸と視線が交錯する。
「どうしてアークがここにいるのかをキチンと説明してもらうわ」
当然の質問だろう。
僕とカルラがそれぞれ、入れ替わり立ち代わりで解説をしていくことにした。
一通り説明が終わると、パルマは納得した顔を浮かべた。
「なるほど、私が葬儀に参列しなかったときに、そんなことがあったの」
「ああ、その時に今日遊ぼうって、約束をしたんだ」
「全く、きっとアークは気が付けば色々な女の子と出会いを果たすタイプね。私の父上と少し似ているわ」
「へ、へえ……」
「将来彼女ができたとき、他の女の子に刺されないように気を付けるといいわ」
僕はどう返事をすればいいのか分からなかった。
ただ、頷くことしか叶わなかった。
なんとなく気まずかったので話を逸らそうと、別の話題を提供することにする。
「そういえば、王の葬儀の時、パルマはいなかったね。何をしていたの?」
何気なしにそう質問した。
最初にカルラにあったとき。
そう、丁度シリウス様やイルディオ様の争いを目の当たりにしたときだ。
思えば、パルマはその場にはいなかった。
王の孫として葬儀への参列は当然のことに思われる。
特に王族ともなれば、ほぼ強制参加といっても過言ではないだろう。
だからこそ、参列していなかった理由が気になった。
「ああ、そのことね」
パルマはつまらなさそうに答える。
「父上達が喧嘩するのが目に見えていたから。面倒ごとに巻き込まれたくないと思ったの。どうせ、次期王は俺だ、って暴れていたんじゃない?」
「その通りだよ……」
「だから、その場には参加しなかったの。おじいちゃんとのお別れは、葬儀より早く終わらせておいたからね」
「だからあの場にいなかったのね」
それを聞いて、カルラも納得したようだった。
「そうよ。父上達の仲の悪さは異常だもの。そうなることは目に見えていたわ」
そして、とパルマは言葉を続ける。
「それがここに来た理由でもあるわ」
「どういうこと?」
カルラは首を傾げた。
僕も、意味が理解できず、同様に首を傾げてしまう。
シリウス様とイルディオ様。
二人の犬猿の仲が、どうして彼女がカルラに会いにくる理由になるのか。
結びつけることはなかなか難しいことだった。
それを察してか、パルマは丁寧に、ゆっくりと口を開いた。
「父上達が戦争を始めようとしているのは知っているわね」
「うん」「それはもちろん」
「私は、そんな馬鹿げたことは止めたいと思っているの。次期王を決めるのに、武力は必要ないわ。決め事一つに、毎回軍を動かすような人が王になってしまったら、国の将来は閉ざされてしまうもの」
パルマの言う事は正しい。
素直にそう思った。
シリウス様やイルディオ様より、よほど王に向いた思考をしているとさえ、思った。
「だけど、私一人の力じゃ止められなかった。父上は話を聞いてくれなかった。でも、二人なら。カルラがいれば、結果は違うかもしれないわ。二人でもダメなら、今度はアークや執事も巻き込んで大勢で。父上達が辞めるというまで頑張るの」
パルマはカルラの両手を取った。
包み込むように、握って捲し立てる。
「協力しなさい、カルラ。今日はそれを言いに来たのよ」
誘いを受けたカルラは、不安そうだった。
「本当に、止められるかな」
「分からない。でも、やるだけの価値はあると思っているわ」
「もし頑張っても止められなかったら……」
「そのときはアークがなんとかしてくれるわ」
「え?僕?」
突然振られて、間抜けな返答をしてしまう。
「当然貴方も協力してもらうに決まってるでしょ。この計画を聞いてしまった以上、参加する以外の選択肢なんてないのよ」
無茶苦茶だ。
まだ、計画と言えるほど作戦も練っていないだろうに。
だが戦争を止めるという目的を実現するためなら。
協力することを惜しむ理由はなかった。
むしろ、何か手伝えることはないかと自ら思案していたぐらいだ。
「アークが一緒なら、嬉しい」
トドメに、カルラが上目遣いでそう言った。
最早断る選択肢は存在せず、
「分かった。一緒に頑張ろう」
考えるより先に口がそう動いていた。
「ん、決定ね」
パルマは満面の笑みを浮かべていた。
「そしたら、後は遊ぶだけね!思いっきり楽しみましょう!」
「おー!」
そうして話が一区切りついたところで、パルマが言った。
カルラもその遊ぶという単語に反応して、目を輝かせていた。
戦争と耳にして、青くなっていたカルラは過去の存在となり、普通の町娘のように誰かとはしゃぐことを楽しみにしている。
「はいはい」
この後、僕の体力が枯渇するまで三人で道楽に耽ったのは。
また別の話である。
それから、約二週間が過ぎた。
僕はあれから今日まで、久々に仕事ばかりの毎日を過ごしていた。
墓石を磨き、結界に魔力を送り。
そうしたルーティンをこなしつつ、ギルドからの依頼も消化する。
ケトラと共に、多くの作業をこなした充実の日々だった。
今は久しぶりの休みの日だ。
思ったより疲労が蓄積していたので、出かけることもせずに部屋でくつろぐことにしていた。ベッドに昼まで横になって休息に勤しむ。同じような仕事をしているにも関わらず、ケトラは元気なようで遊んだり、買い物に行ったりと自由に過ごしていた。
この二週間は、久々に墓守としての本来の業務に専念できた。
カルラやパルマとの出会いは確かに墓守の仕事関係ではあるが、彼女達といる時は任務というより遊んでいる感覚が強かった。それは二人が遊ぶという言葉を多用するからであろうが。
そのパルマとカルラの二人は、相変わらず元気だ。
この二週間は直接顔を合わせることもなかったけれど。
近況がわかるのには理由がある。
一応協力するという約束をしたので、定期的に連絡を取ることにしたのだ。
連絡手段はシンプルで、執事が手紙をほとんど毎日のペースで送ったり、届けてくれたりする。
僕は単純に、紙のやり取りをするだけで良い。
執事は、最初に僕が城で見た男性だった。どうやら彼も戦争には反対しているそうだ。
よってパルマが橋渡しの係として信頼できる者として彼を選出したという。
まあ、戦争に反対なんて、多くの者がそうであろう。
それをしてでも地位を手に入れたいと考える人々以外は……。
これは手紙のやり取りをする中で知ったのだが、争いごとの推進派というのは王候補の二人だけではないらしい。
二人を支持する人々。
具体的には、彼等の親族や位の高い人物達だ。
城での葬式の後、シリウス様とイルディオ様が争っていたあの場面。
そこで二陣営に別れる対立構造が明らかになっていたのを思い出す。
丁度そのときに牙を剥いていた多くの御仁がそれに当たる。
ほとんど全員が戦争推進派だというのだから驚きだ。
「ふぅ……」
だが、そうなると僕がパルマ達にできる手伝いなど、ほとんどなくなってしまう。
人数、人脈、武力。
どれを取っても、王族の対立に入っていくには力不足だ。
パルマ達もそれは理解しているのかもしれない。
だからこそ、あれをして欲しいとか、これをしろとか、具体的なことは手紙には何も記載されていないのだ。大変だったとか、やっぱり厳しいかもといった弱音が吐露されているだけの手紙。
そんな時に、何もできない自分が悔しい。
唯一、身内で王族とコネクションのある父は怪我の影響で本調子ではない。
頼れるもの、使える手段、両方がなかった。
だが、捉え方を変えれば、心の内を明かしてくれているのだ。
相談に乗ることができている。
そう言う意味なら、少しは助力できているのかな。
「お兄ちゃん、お父さんが呼んでるよー」
そんな暗い思考の渦に、一閃。
妹の呑気な呼び声が、差し込んだ。
階下から響く、元気で大きな声。
いつものケトラの声だった。
「うん、分かった!すぐいく!」
返事をして、上体を起こす。何となく閉めていたカーテンを開けてみる。
外は眩しいほどに晴天だった。昼特有の日差しの強さが、やけに眩しく感じた。
部屋を出て、階段を下り、父の寝室に入る。母の遺影が飾ってある他には、筆記することもないほどに物の少ない部屋だ。
父本人がいなければ、父の部屋だと認識できないくらいには無個性。
唯一の母の遺影だけが、あの日の笑顔のままで微笑み彩を添えている。
中央にある簡素なベッドで、父は横になっていた。
「お前も寝ていたそうだが、起こして悪いな、アーク」
僕が来たことを察知して、体を起こす。上半身が顕になった。
包帯で覆われた筋肉質な体。
巻かれた白いそれには、もう血が滲んでおらず大分治癒したことが窺える。
魔物の侵攻を受けて、傷を負ってから既に二週間以上。それでも、傷が深かったせいか完治とまではならなかった。まあ、特段焦って直す必要もないので、ゆっくり治していけばいいとは思う。
「いや、大丈夫。それで用事って?」
コップに水を注いで、父に渡す。
父はコップを受け取ると、一気に飲み干した。
「ありがとう。本題だが、お前を呼んだのは墓守の一子相伝の技について話したかったからだ」
「…………!」
僕はそれを聞いて、喉がなった。
心の奥がカッと熱くなるのを感じる。
一子相伝の技、それは一つの墓守の家系で代々受け継がれてきた最も強い技。
歴史を辿れば、始まりは単純に墓の管理の仕方のことをわざと呼んでいたことに由来する。だが、墓守が魔物の脅威から墓を守る必要があるということから、武器を使った攻撃。
即ち、スコップ型の剣を使った一撃必殺の技が必要な場面が出てきた。
歴代墓守は、魔物を倒すために技を磨き、後世まで残した。
それが、一子相伝の技だ。
これを自分が継承できると聞いて、興奮しないわけがない。
「ほ、本当ですか……?」
父は強く頷いた。
「ああ、嘘ではない」
そしてベッドの横に掛けてあった、スコップを手にした。
「思ったより治癒に時間を取られてしまった。全身が鈍っていくのを最近感じてるよ。だから、リハビリがてら出来ることをしたいんだ。丁度、この間引き継ぎの話をしたところだったからな」
「なるほど……」
そういうことか。
でも、大丈夫だろうか。
まだ完全な状態ではないのに。いや、流石に完治してからゆっくり進めていくのか。
本人が提案してきたのだから、僕が不安視してもしょうがないけど。
まあ、今すぐにどうこうという話でもないだろう。
そんな僕の考えに反して、
「早速で悪いが、始めようと思う」
準備はいいか、と父は聞いてきた。
「え?」
僕は間抜けな返しをしてしまった。
いいわけがなった。
僕は準備など何一つできていなかった。
今呼び出されたのは、その技の継承を行う日を決めるためだと思っていた。
準備はおろか、心構えすらできていないのだ。
「そ、そんな急に言われても……」
「そうか。だが、一子相伝の技というのはどんなに極めた者でも一日一回しか使えないという決まりがあるんだ。早く始めるに越したことはないのさ。そもそも怪我さえなければ二週間から開始する予定だったからな。まあ、とにかく。初日は見ているだけでもいい。一日で完全にモノにしろと言うわけではないんだ。覚悟や自覚というものは、後からでもついてくる。どうだ?」
父は至って真剣だった。
いつものふざけた気配は感じられない。
真っ直ぐと視線を合わせてきて、本気なのが伝わってくる。
そうした父の真剣さに当てられて、
「……分かった」
無意識に、だがはっきりと、僕は頷いていた。
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