黒い友達、騒がしい街6

僕とパルマはメイン通りの上空にいた。


高度としては、雲の少し下くらい。ミニチュア人形のようなサイズの建物や人が一望できる程度の高さである。ここからなら全てが見える、そんな錯覚を感じさせるほど眺めは良かった。

エアロではなく、浮遊の魔法で飛んでいるから安定もしている。


「よし、行くわよ」


パルマが獲物を見定めて、合図をした。

彼女は浮遊の魔法が使えないらしく、僕が抱き抱える形で宙に浮かんでいる。

彼女も落ちないように僕の体を抱き返しているので、見た目は抱擁である。


正面を向き合って抱擁しているので、顔が近い。

呼吸音さえ聞こえるこの距離感。


何故こうなったかというと、パルマの作戦のせいである。

パルマは、泥棒をどう捕まえるかを相談すると、


(やっぱり、どうせやるなら派手にやりたいわね。上からどーんと降りてきて、天誅って感じでさ。それ

で、街の人からオーッと歓声が上がったら最高だと思わない?)


とプランを明かしてきた。


簡単にいってしまうと上空から勢いよく落下して着地の勢いで泥棒を倒したい。そうすれば天から舞い降りた天使が悪人を罰したような演出になって、人々からの称賛を得られるだろう。

つまりは、そういうことであった。


無茶苦茶だと思った。普通に捉えればいいだろうと思った。

しかし、目が爛々と輝くパルマに、反対意見が通じるはずもなく。

結果として、全面的に協力する羽目になってしまったのだ。


「ほら、エアロを貸しなさい」

「はいはい」


パルマは僕からエアロを借りると、魔力を込め始めた。

エアロがエネルギーの供給を受けて、力をその身に宿す。

これで、準備は完了だ。

パルマは僕と目を合わせ、


「じゃあ、アーク。先に行くわね。ちゃんと後を追って来なさいよ」


名残惜しそうに手を離すと、エアロに跨った。

僕の身から離れて、自由落下を始めた彼女は、空中で姿勢を整える。

そして、エアロの先端を大地に向けると、全力でスピードを出して落下していった。


エアロ特有のピーキーさで、グングンと加速していく。

彼女の軌跡に残像が残り、一筋の柱のようになっていく。


犯人の位置目掛けて、突っ込む。

次第に速さは極限に達していき、


ドン!


と地面に勢いよく激突した。


「大丈夫かな……」


大砲でも打ったような爆音に、僕は戦慄した。

メイン通りの彼女が落下した部分には、こんなに離れていても目で見えるくらいの土煙が上がっていた。


「人を巻き込んでいないといいけど」


人が密集していて危険だから、路地裏では犯人を追わなかったのに、ここで誰かを怪我させてしまっては本末転倒だ。

一抹の不安を覚えながら、僕はゆっくり降下していく。

やがて現場が近くなってくると、騒ぎが聞こえてくるようになった。


「あの人、強盗らしいわよ」「ああ、聞いたよ。流石パルマ様だな」

「普通あんな風に落ちてくるなんて想像もつかないもんな」


驚くことに、すでに情報は行き渡っているようである。

誰がなんのために、どう動いたのか。


それがこの短時間で拡散されているのは、驚くべきことだった。

パルマの方に目線を向ける。

彼女は伸びた泥棒の上に立って、民衆と話をしていた。


多くの人に囲まれながら、身振り手振りで楽しそうに何かをしている。


「そこで、私はこうしたの!」


どうやら、自分の武勇伝を語っているだけであるらしい。

パルマの落ちたところは、少しへこんだ程度で、そこまで大きな被害は確認できなかった。


あれだけ大きな音と煙が上がったのに、特に何もなかった。


当然、巻き込まれた一般市民も、一人もいないようである。

怪我人がいないことを確認して、僕は改めて周囲を見やる。

大勢の人が、パルマを囲んではしゃいでいた。


それにしても、すごい騒ぎだ。

さっき上空にいたときは、メイン通りにはここまで人はいなかったのに。

それが一変して、祭りをやっているときのような賑わいを見せている。


これも、パルマの人徳がなす技なのだろう。

そんな風に僕が感心していると、


「パルマ様―!」


遠くからパルマを呼ぶ声があった。

この騒ぎの中で、凛と響くその声の主はサニクリーンさんだった。


慌てて走っているせいで、息が上がっている。

だが、安心したような表情であった。


そうか。


パルマが任務の報告の必要はないと言った意味が今分かった。

これだけ目立つことをしていれば、サニクリーンの耳に情報が入るのは必然。

報告するまでもなく、帰還したことが伝わる。


自分がどれだけ目立っているかを客観視したうえでの発言だったのか。


「おお、サニクリーンじゃないか!」


パルマは嬉しそうに、呼び声に応える。

笑顔で大きく手を振りかぶって、返事をしていた。


もうサニクリーンさんにはパルマの無事は伝達された。

しかし、経緯や今日までの出来事は、依頼を受けた以上は正式に報告する必要がある。

よって、サニクリーンさんと話すべく。


僕もパルマの元に近づくことにした。


「全く、帰って来たのなら早く報告してください。アーク様」

「申し訳ございません」

「待って、アークは悪くないわ。私の命令で、報告より私との用事を優先していたのよ」


なるほど、とサニクリーンさんは相槌を打った。


「民衆がパルマ様が活躍していると、話しているのを聞いたときはどういうことかと思いましたが、そういうことでしたか」


どうやら、それだけで大筋は理解できたようだった。


「まあ、今回は二人とも無事でしたから良かったとしましょう」


長く息を吐いて、サニクリーンさんは落ち着いたようである。


「報告はまた後ほど」

「はい」


話すことはたくさんある。

しかし、それらをまとめる必要があると思った。

パルマと過ごしたのは一日にも満たない時間だけれど、非常に密度の濃い時間だった。頭の整理が必要である。


「そうよ、アーク。面倒なことは後回しにして遊びの続きね」

「パルマ様……貴方という御方は……」


人に心配をかけた張本人であるパルマは呑気なものだった。

すぐに遊ぼうと、言ってくる。

サニクリーンさんは少し呆れたように、ため息をついていた。


彼女には申し訳ないが、パルマの発言に対して僕には拒否権がない。

今日は、もう報告することもできなさそうだ。


「おーい、お兄ちゃんー!何してるのー?」


そう思っていると、遠くから声が飛んできた。


「ケトラ!」

「ケトラさん!」


妹のケトラだった。

彼女の登場に、サニクリーンさんも嬉しそうにしていた。

大きな紙袋を抱えて、口にはドーナツを咥えていた。


パルマと店巡りをしていた時に知った、隠れた名店の商品だった。

よく目を凝らしてみれば、紙袋の中身は全てそこの商品であるらしかった。

僕が任務だ何だと動いている中、どうやら遊びに興じていたようだ。


まあ、いいけど。


「誰?」


パルマは当然、ケトラを知らないので首を傾げていた。


「僕の妹だよ。僕と同じく墓守の見習い」

「アーク様……?その口調は……」

「私がそうするように命じたのよ。気にすることはないわ」


サニクリーンさんは僕が砕けた話し方をしているのを諌めようとした。

それをパルマが止める。


「そういうことなんです。すみません」

「そうですか……それでしたら私がいうことはありません」

「ともかく、アークに妹がいたなんて知らなかったわ。面白い子ね」


パルマの関心はケトラにあるようであった。


「アークと少し似ているわね」

「みんなそう言うよ」


パルマは、モグモグと口を動かすケトラを楽しそうに眺めていた。

そこには、羨望の眼差しが感じられたような気がした。

そうして見知った顔が集まってくる中、さらに一人。


「お、アークもいるじゃないか。元気にしてたか?」


父パラグリオもこの場に現れた。

いつものように汚れた制服を纏い、スコップを肩に担いでいる。

仕事帰りで疲れているであろうに、疲労を一切顔に出さずに笑顔でニコッと白い歯を覗かせていた。


「父さん……」

「パラグリオね」


パルマも父は知っていたようで名を口にした。


「帰って来て早々、街が騒がしいと思ったら……アーク。お前面白いことやってるじゃないか」


まさか中心人物にお前がいるとは思わなかったぜ、とニヤニヤする父。


「しかも、パルマ様と一緒ときた。この間、カルラ様と仲良くやってたかと思ったら今度はそっちとはな。浮気はダメだぜ、アーク」


ケタケタと下品な大笑いをする。


「お兄ちゃん……そういう感じなの?」


ケトラが言葉を間に受けて勝手に幻滅していた。


「アーク、カルラと私で浮気をするなんていい度胸ね」

「い、いや。違う。断じてそんなことはないよ」

「あら、アーク様。城の中の人とツテがあると仰っていましたが、あれはカルラ様のことだったのですね。あの時は意味がわかりませんでしたが、得心しました」

「サニクリーン、後で詳しく話を聞かせて」

「ハッハッハッ!アーク、お前にも後で詳しく話してもらうぞ」

「父さん!」


そうして、僕をイジることでしばらく盛り上がることとなった。

森での戦闘なんかよりずっと疲れる時間を過ごすことになるとは……。

嫌な意味で予想外の心労を重ねることとなってしまった。


だが、魔物や悪党との戦闘と比して、心地の良い疲労であったのは間違いない。

こうした平和的な疲れは、癒しを感じさせるのもまた事実なのだ。


口には出さないけど、僕はそう思った。

顔には出ていたかもしれないが。


「今日はやっぱり帰ることにするわ」


談笑をしていると、パルマがそう切り出した。


「サニクリーン、悪いけど執事達に伝達を幾つか頼むわ」

「承知いたしました。何なりとご命令ください」


真剣な顔つきに戻って、サニクリーンさんに指示を出していく。


「パルマ、もう帰っちゃうの?私もっと話していたいな」


いつの間にか砕けた話し方を許されていたケトラが、名残惜しそうにするも、


「ごめんなさいね、用事を思い出したの」


とパルマはやんわり断りを入れていた。


「それに、今日限りで会えなくなるというわけでもないわ。アーク、貴方もまた連れ回すし、ケトラにも色々付き合ってもらいたいことがたくさんあるの」

「本当!?」

「本当よ。だけど、今日のところは、刻限よ」


パルマも口には出さないが、まだ別れたくないという思いが態度から溢れ出していた。

悲しそうな顔だった。

しかし、それでも帰る選択肢は覆さない。


「……?」


不意に、パルマの視線が気になった。

視線を追ってみると、路地裏に隠れて潜む誰かの存在を確認できた。

隠れていたのはどうやら執事のようであった。


隠しきれていない目元は、城にいた執事のそれだった。

あまり事情は詮索しない方が良さそうなので、僕はそのまま送り出すことにした。


「じゃあね、また」


そう言い残して、背中を向けて去っていく。

サニクリーンも彼女の後に付いて行ってしまった。


嵐のような少女であったがために、いなくなってしまうと静かで寂しいものだ。

ケトラも同様の感想を抱いたようで、


「何だか静かになったね」


と言っていた。


「まあ、二人とも。そんなに落ち込むことはないぞ。パルマ様も言ってたじゃないか。これで生涯の別れというわけじゃない。また会えばいいじゃねえか」


落ち込む僕たちに、父はそう言葉を掛けた。

彼らしいポジティブな響きだった。

周囲にいたギャラリーも気が付かぬうちに去っていて、辺りには僕たちしかいない。


時間も夕暮れ時に差し掛かっていて、日は沈み始めていた。

黄昏時の明るいとも暗いとも言えない明るさが、僕たちを包んでいく。

そうして、センチな気持ちに浸っている時、


「号外―!号外―!」


素っ頓狂な声を上げて、走る男がやってきた。

通りの向こうから飛び出して来て、紙を配って回っている。


肩から下げた鞄から、無造作に紙を取り出して投げるように渡す。

新聞屋であるのか、ゴシップ屋であるのか、イマイチよく分からなかったけれど、とにかく金も取らずに頒布をしているのが特徴的だった。


「何だろうね?」

「さあ?」

「どれ、俺にも見せてみろ」


バタバタと舞う何枚もの紙のうち、一枚をサッと手に取る。

文字が記されている面を自分の方に向けた。


ケトラと父と三人で一緒になってそれを覗き込む。


そこには、


『戦争開始!?』


という不穏な四文字が大きく踊っていた。


「シリウス様とイルディオ様が、本格的に対立したんだ!」


記事を配っている男が、繰り返し叫んでいる。

その意味を理解するまでに、かなりの時間を要してしまった。


先程までの楽しげな雰囲気が音を立てて崩れていくのを実感させられる。

パルマが悲しそうな顔をしていた理由は、寂しいからだけではない。

彼女の去り際を思い出しつつ、なんとなく察するものがあった。


「お兄ちゃん……」


ケトラの心配そうな声が、空に流れていく。

この場は、あたりにも静かだった。

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