黒い友達、騒がしい街4
魔物の数が異様に多かったせいで、討滅には時間がかかった。
気がつけば、空は茜色に染まっていて、月が輝き始めていた。
それだけ長かった戦闘を経て、最後の一体を切りつけたあと、僕と少女は倒れるように座り込んでしまった。
疲労の蓄積具合は並大抵のものではなかった。
単に斬り合うだけの戦闘であったのなら、ここまで疲れることはない。時間もそれほど掛からなかったかもしれない。
しかし、僕達には守るべき対象がいた。
村人を庇いながら敵の隙を見て、一撃を刻んでいく。
常に神経を張っている必要があった。
途中から、多少戦闘の心得がある者たちが応戦してくれるようにはなった。
動き回って撹乱をしてくれたり、子供を守ってくれていた。
その人達にも大いに助けられた。
しかし、数で見れば圧倒的に戦えない人の方が多かったのも事実である。
その結果。
少女は身体からたくさんの血を流すことに。
僕もダメージを受けて、あちこちに傷が出来ている。
だが、ダメージ分の充足を得られて、満足しているのも確かだ。
ふう、とため息を零す。
周囲に視線を向けると、安堵の声が聞こえてくる。
「ああ、神様ありがとうございます」「パルマ様、感謝します」
「あの制服、墓守のそれだ。墓守の方に来ていただけるなんて……」
「奇跡……奇跡じゃ。二人には盛大な感謝をしなければならんのう」
そこには、さっきまでとは一変して笑顔の花が咲いていた。誰もが和気藹々と生還したことを喜び、ありがとうと声を掛けてくれた。
こうして感謝の言葉に包まれたからこそ、僕は満足しているのだ。
これだけの笑顔を守ることができたという、達成感も感じている。
そうして、全員が余韻に浸っていると、
「盛り上がっているところ悪いが、一度村に戻ろう」
俺と共に戦った黒の少女が声を上げた。
「このまま森にいては、また魔物に襲われるかもしれないから」
その一言で、僕たちは村に戻る運びとなった。
そして。
「やはり、話は明日にしよう」
村に着いて早々に、少女は切り出した。
見るからに少女は限界を迎えていたので、僕はそれに同意した。
彼女は返答を聞くなり、すぐに寝てしまった。本当にギリギリだったのだろう。
近くにあった適当な台の上に、体を預けて睡眠を始めてしまった。
流石にそのままにしておくのは忍びないので、他の人に案内してもらって彼女をちゃんとしたベッドまで送り届けた。
移動のために少女を持ち上げた時に、その体重の軽さに驚いた。
戦う姿を見て、少女の強さに目がいっていたので錯覚していたが。
彼女は僕より年下で、はるかに背が小さかったのだ。
この小さな背中一つに何人もの命が乗っかっていたということ。
それは、眠ってしまっても無理がない。
むしろ今まで起きていたのが不思議なほどだ。
あの森での一件の後、村人たちは後は私たちに任せて寝ても大丈夫だと提案してくれた。
それに対してお願いしますということは簡単であった。実際村までの距離は大して遠くなかったそうだし、周囲に魔物の気配もなかった。
それでも、彼女は油断は禁物だということで護衛の役に就いた。
立派な人だと、素直に思う。
年齢は下だろうけど、それに関係なく尊敬に値する人物だ。
僕も彼女と同意見だったので、護衛をすることにした。
少女が前を、僕が後ろを、という構成で人々を挟んだ移動。
そして、今に至る。
僕も割と限界だった。
なので、少女を寝かせた後、隣にあったベッドで寝ることにした。
村人もそうしてくれと言ってくれていたので、そのまま眠る。
大勢の人間を助けることができた。
最初に村を訪れた時には既に犠牲者が出てしまっていた。彼等には申し訳ないことをした。もっと早く辿り着いていれば助けられた命だったかもしれない。だが、それを除いて、森の中にいた、残されていた
人々は全員助けることが叶った。
一人も欠けることなく、生還させられた。
達成感を感じながら、意識が遠のいていく。
気持ちのいい睡眠をとることが、できそうだ。
朝。
いや、日の高さから察するに昼か。
寝起きのボヤけた頭に太陽の光が降り注ぐ。
眠い目を擦りながら、上半身を起こす。昨日は気が付かなかったけれど、僕と少女が眠っていたのは、宿
屋のような場所であったようだ。光が差し込み、明るくなったことでようやくそれが認識できた。
大きめのベッドが二つ並び、簡素な家具が幾つか設置してある。
かなり大き目の部屋で、そこそこ金銭に余裕のあるタイプの冒険者が利用するような施設であると見受けられる。特に宿代の話もされず、是非に使ってくれとだけ言われたので深く考えなかったが、問題はなかったのだろうか。
そんなふうに思考を回しつつ、横を向く。
真隣で、少女がスヤスヤと寝ていた。
かわいい寝息を立てて、熟睡している。
昨日寝かせた時は離れた隣のベッドにいたはずだが、いつの間にかこっちに潜ってきていたらしい。僕のお腹を両手で抱きしめて、足を絡ませてきていた。完全に抱き枕のようにされて、身動きが上手く取れない。
無理に解こうとも試みるが、全く外れなかった。
少女は相当な腕力の持ち主であった。
下手に動けば、関節や骨がおかしくなりそうな気さえした。
よって、こうして起きるのを待つのが正解だと判断した。
改めて、少女の全身を一望する。
黒いワンピース調の服に、黒く長い髪。
何より特徴的なのは、やはり頭上でくるくると不規則に動く物体。
黒く細い針金で構成された、王冠のような形をした何か。
最早言うまでもないだろうが、パルマ様その人の特徴と全てが一致している。
サニクリーンさんが持ってきていた資料と人相が一致する。
何より、二人には失礼だがカルラそっくりで、色違いのような外見なのだ。
森で最初に目にした時から思っていたが、こうして近くにくるとそれがよく分かった。
これで違う人ですと言うのは無理がある。
それくらい、カルラとパルマ様は似ていた。
「ん……」
動けないので、しばらく分析を続けていると。
パルマ様が声を漏らした。
どうやら、起床するようだ。モゾモゾと、彼女は上半身をくねらせる。
「くあー」
変な声を出しながら、欠伸をすると、
「んっー!」
ぎゅっと全身に力を込めた。僕の完全に脱力していた全身に、パルマ様の腕と足にキツく締め上げられて痛みが走る。まさか、締め付けられると思っていなかったので完全に油断していた。
弛緩していた筋肉が、危機を感じて悲鳴を上げる。
「いっーたーー!」
あまりにも強い筋力を受けて、思わず絶叫してしまう。
僕の情けない大声が、部屋中に響き渡る。
その声を聞いて、パルマ様は完全に覚醒したようで大きく目を見開いた。
パッと開いた少女と目が合う。
「あ……君は昨日の……」
パルマ様は赤面して、恥ずかしそうにした。
遅れて、自分が人に抱きついていることに意識が向いたようで、離れようとする。
不器用に手や足を離して、後退りすると、
「きゃっ」
ベッドの端から転げ落ちて頭を打つ。
あまりにも人間味があり、面白い姿だった。
戦っていた彼女とは別人のように、力が抜ける動きをしていた。
僕は、おかしくなって痛みも忘れて笑ってしまった。
「とりあえず身支度をさせて」
落ち着きを取り戻したパルマ様は何事もなかったかのように振舞う。
コホン、とわざとらしく咳をして切り替えていた。立ち上がって、毅然とした態度に戻っていく。
調子を取り戻すと、次々に僕に指示を出してきた。
「私のこと、ディアナの民なら当然知っているわね?ここで見たことは全て忘れないさい」
「着替えるんだから、あっちを向いてなさいよね」
「ところで、貴方墓守……なのよね?何故こんなところにいるの?」
「お腹が空いたわ。悪いけど、誰かからご飯を貰ってきてくれるかしら」
「勝手に行動することは許さないわ。大人しくしていなさい」
僕が話す隙が無いくらいに、圧倒的な語り口。
命令だったり、質問だったり。
彼女は頭に浮かんだキーワードを全て言語化しているのではないかと思うくらいにおしゃべりだった。表情もコロコロと変わって、百面相である。
言われた通りに食事を用意したりするのは大変だった。
だが、そんな強気な言葉に紛れて、時折
「でも……助けてくれたのは感謝している。あそこで助けに入ってくれていなかったら。私に喝を入れてくれていなかったら。私たちは全滅していても不思議ではなかった。恥ずかしいから、そう何度も言わないけど、その……ありがとう」
感謝の気持ちを伝えてくれた。
そんなパルマ様の感情の豊かさに当てられて思わず口元が緩む。
「何ニヤニヤしているのよ」
なんて、言われてしまったが。
それでも、微笑ましい気持ちは隠しようがなかった。
不意にカルラの顔が、脳裏を過る。
パルマ様とカルラは外見に共通点がある。
だが、性格は似ても似つかないというのが正直な感想だ。
パルマ様は激しい性格をしているが、カルラはどちらかというと穏やかな性格をしている。カルラも悪戯をする茶目っ気を持ち合わせているが、パルマ様と比較すると、やはりまだ控えめである。
「いえ、カルラ様とは随分違うなと、思いまして」
僕は思ったことを、そのまま口にすることにした。
これから、色々話す前のアイスブレイクとしては最適な話題だと思ったから。
「カルラを知っているの?あの子は私と違って、あまり表に顔を出さないのに」
「前王の葬儀で、お会いしましたから」
「なるほどね……」
パルマ様は暗い顔をした。
そういえば、彼女は葬儀の席には出席していなかったな。
何か事情があるのかもしれない。
「ところで、まだ名前すら聞いていなかったわね。名前は?」
「私はアークと言います。以後お見知り置きを」
「ああ、パラグリオの息子ね。話は聞いたことがあるわ。よろしく」
それから、とパルマ様は続ける。
「知っているだろうけど、改めて名乗るわ。私はパルマ・ディアナ。前王の孫であり、王候補の一人、イルディオの娘よ。あと、私と二人で話す時は敬語も様付けもいらないわ。私自身は偉くないもの、気にすることはないのよ。執事にもそうするよう言っているの。アークもそうして」
「はい、いや……分かった」
意図せずであろうが、パルマはカルラと同じことを口にする。
カルラは友人が欲しいという別の理由であったが。
中身はあまり似ていないと思ったが、少し共通点があるようだ。
「早速本題だけど、何故墓守である貴方がここにいるの?パラグリオは今回、魔物の侵攻を受けて城から南東に向かっていると聞くわ。この村と反対側ね。そっちではなく、こっちに来たのはどうして?」
なるほど。
侵攻のメインは南東の方だったのか。
どうして道中に魔物の姿ひとつないのかと思ったらそういうことか。
ようやくその理由が分かった。
もっとサニクリーンさんに話を聞いておくべきだったな。
それは別として、この村を訪ねてきた訳。
「それは……」
かい摘んで説明する。
サニクリーンさんが依頼してきたこと。
カルラのヒントを元にここにやってきたこと。
すると、パルマは得心したように頷いた。
「あの置き手紙が遭難届になってしまったのね。サニクリーンも大げさね。アークには悪いことをしたわね。いや、結果的に助けられたのだから、彼女には感謝しないといけないと」
「逆になんでパルマはこの村に?」
「私は母の故郷の村を守りたかったからよ」
「故郷……」
「そう、隠すことでもないから言うけれど私の母、イルディオの妻は元々高い身分の出自ではないの。普通の農民の子だった。まあ、妻になった経緯は省略するけど、結果的にここが私の故郷であるのは確かなこと。守りたいと思うのは当然でしょ」
それを聞いて、思ったことを聞いてみる。
「だけど、守護なら国やギルドに任せればいいんじゃないの?わざわざ、パルマが出る必要もないと思うけど」
パルマは、ムッとした顔をした。
「アーク、私も最初はそうしたわ。けど、どこも動かなかった」
「だから昨日みたいなことになったということか……」
その通りよ、とパルマは肯定する。
「まず国の騎士団に相談したわ。魔物の侵攻で故郷が侵略されないか心配だってね。できれば何人かの力を借りたいと。そしたら、私達は王の命令で動くのです、時期王が決定しない今、動くことはできません、と断られた」
「そんな……」
国が国民を守ってくれない、そんなことがあるのか。
いや、サニクリーンさんも同じようなことを話していた。
それが事実なのだ。
動揺する僕に、パルマはそれだけじゃないと言った。
「次にギルドに掛け合ったわ。同じことを頼んだ。冒険者を何人か借りたいと。そしたら、最も強い冒険者は遠征しているから、すぐには使えない、次に強い冒険者は既に南東に向かったから戻せない、残っているのは初心者ばかりだけど構わないかって。ありえないわ」
弱い冒険者を連れてゆっくり移動することを選んでいたら、昨日の魔物の攻撃には間に合わなかっただろう。
パルマもきっと、それを察して一人で……。
悔しかったはずだ。僕が想像するよりずっと。
「…………」
掛けるべき言葉も浮かばずに、沈黙してしまう。
「普通なら仕方ないと思うかもしれない。急な要請だったし、魔物の侵攻は南東がメインで他はほとんど被害がないと聞くし。きっとこの村が襲われたのだって運が悪かった。それだけのことよ。だけど、ギルドの体質にも問題があるのは間違いないわ」
「ギルドの体質……?」
どういうことだろうか。
内容が全く予想できないな。
「ギルドは財政難なのよ。それに資源も常に不足しているわ」
「それは、たまにサニクリーンさんが言っていたから知ってる」
サニクリーンさんは依頼のためと、ケトラに会いにくるために頻繁にやってくる。
もう長年の付き合いになっていて、気の置けない存在だ。
それは向こうも同じなのか、最近はよく仕事の愚痴を溢す。
上の人が厳しいだの、給金が少ないだの、色々と。
そうした愚痴の中で、資源や財源が不足していると言っていたことがある。具体的には、ギルドを運営するための金と、冒険者への依頼料、また装備品や回復薬などの素材の数々。
理由までは知らなかったが、事実だけは聞いていた。
「なら話は早いわね」
パルマはフーと小さく溜息をつく。
疲れが抜けきっていないのか、疲労感が滲んでいた。
僕が村の人言って運んでもらった紅茶を飲んで、一息ついてから説明を始める。
「あのね……」
ギルドがどういう理由で逼迫した状況に追い込まれているのか。
それは国の位置取りが大きく関係しているという。
ディアナという国は、平原の中央にある。
広大な海に孤立して浮かぶ島のように、他の国とは大きく離れて独立しているのが特徴の国だ。大陸ではあるが、島のように他の大陸とは切り離された大地で、他の国との交流は海を介してのみ、執り行われる。
その地理的要因から、他国の生産物等が入ってこないのが難点だ。
逆にその分、大陸にある資源は自由に使えるのが強みとなっている。
競争する他国が存在しないからだ。
ここまでは、ディアナに住む人間なら誰もが知るところ。
知らなかったのは次の部分だ。
近年、近くの森や洞窟で得られていた食糧や素材が減ってきているということ。
更に、採取できるものは減ってきているというのに、魔物は強くなるばかりであるらしい。
だから、遠くの山脈や、深いダンジョンに代わりに行く必要が出てきた。
しかし人里から遠いということは。
その分敵も強くなることと、道中が険しくなることを示している。
強い冒険者や、高い実力を有する誰かが必要になるのだ。
よってランクの高い冒険者には優先的にそうした難易度の高い依頼を任せる運びとなっていった。
推測ではあるが、父が遠征に出ることが多くなったのもこれが理由かもしれない。
話を聞いていて、ふとそんなことも思った。
「強い冒険者を外に出して、国自体の守りが弱くなる分、城の兵には国の守護を任せる必要性も出てくる。国から兵を出せない理由ともリンクしているってことか」
「そういうことね」
「聞けば聞くほど、将来が不安になる話だ」
「一二年でどうこうということはないそうだけど今後の保証がないというのも確かよ」
考えても仕方がないけどね、とパルマは苦笑いをする。
先行きは暗い。
「国を変えるには、自分が王になって改革するくらいしか手段がないのも最悪ね」
だがパルマが言うように考えてどうにかなることではない。
今は目の前のやることを終わらせるのが先決だ。
最も早く解決する必要があるタスク、それは
「ところで、この後はどうするの?特に用事がないなら僕と首都に戻ろう」
パルマに城に戻ってもらうことだ。
サニクリーンさんへ、彼女が無事であったことも伝えたい。
「私もすぐに戻る予定よ。一緒に戻ってくれるというのは素直にありがたいわ」
「分かった。そうしよう」
そうして、すぐに方針は決まった。
その後、村でのやるべきことを二人で済ませて、出立した。
大勢の人々の感謝の言葉を背中に受けながら。
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