黒い友達、騒がしい街3

来た道を戻って、路地に出る。


外の日はまだ高く、太陽が燦燦と輝いていた。

雲一つない晴天の下、置いてきていた荷物を背負いなおして歩き出す。

城を後にして、自分のあるべきことに目を向けた。

カルラのことは心配でしかない。


「〜村か」


それでも、仕事は仕事。

頭のスイッチを切り替えて、殊に当たる。

カルラが教えてくれたことを、無駄にしないようにしなければ。


〜村は、城から北西に位置する首都から離れた村だ。


僕も墓守の仕事の関係で、そこの出身の方の墓を管理しているから名前や位置関係程度なら知っていた。

だが、詳しく知っているかというと、そうではない。


珍しい特徴、特産品、有名人。


そういった類のものがない、極めて普通の村であるからだ。

特別注意を払って覚えるほどのことがない、そんな印象の薄い場所だった。


「今から向かうなら馬が三頭、乗り継ぎを考慮しても必要かな」


背中に背負った巨大なバッグから、地図を取り出してみる。

ここから、その村までの距離を概算して、必要になる馬の数を予測する。


「いや、この距離ならエアロの方が安いか」


予算を考える中、別の案を思いつく。


エアロ。


それは、魔力を動力源にした魔法のほうきだ。

昔、魔女がほうきに乗って空を飛んでいたという御伽話から着想を得て、開発された移動手段の一つ。見た目はただのほうきであるが、魔力を込めると込められた魔力の分だけ高速で移動することができる。


そういう道具だった。


自らの魔力を消費するだけで使用できる手軽さ。

馬と違って、疲労が蓄積しないうえに、交換が必要ないこと。

何より借りるための値段が安いこと。

そういった理由から、最近移動手段としてのシェアを伸ばしていた。


一方で、当然デメリットもある。


乗っていて異常に疲れるだけでなく、燃費が悪いから魔力を多く必要とする。

ただ、そうしたマイナス面よりもプラス面が評価されているからこそ人気なのではあるが。


「ううむ……」


自分の財布と相談する。

薄い皮のそれの中身を除いて、喉を鳴らす。

悲しいほどにスカスカであった。


断じておくが、別に、僕が貧しいからこうなっているのではない。

墓守は通常の墓地維持の業務に加えて、ギルドや国からの依頼も受けている。

両者ともそれなりにお金は出るし、僕たちは特段浪費家というわけでもない。


特に依頼に関しては必要経費を別途で支給される。

以上の理由から、貧しいどころか裕福な暮らしが約束されていると言っても過言ではなかった。

だが、そうした給与や経費は全て後払いなのだ。


必要な分はひとまずは自分で支払っておく必要がある。

そして、今日はもうすぐ給料日という日。

何故か僕の財布は、給料日前はスカスカであることがほとんどだ。

いや、原因は分かりきっている。


ケトラ、そうケトラだ。


あの妹は、財布を持ち歩かない。

持ち歩かないのに、僕にあれを買って、これを買ってとせがんでくる悪癖がある。

僕が甘いというのも、もちろんあるけれど、それよりケトラが理由をでっち上げるのが上手いのだ。


今日はナントカだから、買わなくちゃいけないよ!


そんな台詞をもう何度聞いただろうか。

まあ、ともかくそういった理由から、今は手持ちのお金がない。

乗り心地は最悪だけど、エアロに乗るしかなさそうだ。


「はぁ……」


せめて経費分は残しておくべきだった。

そんな当たり前のことに、今更気がついた。


エアロは、前述の通り魔法のほうきだ。

込めた魔力の分だけ飛翔してくれる便利な道具。


「うおおお、おおお、ああああー!」


それにまたがりながら、自分の選択を後悔する男が一人。

空に浮かんでいた。

地面と雲の中間ぐらいの高度で、街を飛び出して草原の遥か上空を滑る。

一直線の軌道を描いて、馬の三倍程度の速さで目的地に向かっていく。

横を通り過ぎる名も知らぬ鳥が仰天するほどには、エアロは早い。

エアロの一番悪いところは乗り心地が最悪なことだ。


移動手段として、速度や安さを徹底して追求した結果、安定性や操縦者の魔力を遠慮なく吸う悪魔の道具になってしまっている。

だから、あまり好んで使われるものでもなかった。

広大な空の下、飛んでるエアロは僕の分だけだった。


「ううう、ああああ!ばばばばば!」


乗っているだけで、グルグル回転する。

それと、魔力を奪われる疲労感とのダブルパンチで混乱を誘う。

端的にいえば、酔い。

僕は、ほうきを握ってどうにかして操ろうと試みる。

しかし、それが全くの無意味であることを僕は身を以て知っていた。

こうして必死に操作しようとしているのに、全く無意味なのである。


「くっそーーー!」


気持ち悪さに抗うための気合いの咆哮。

あるいは単純にエアロに対する愚痴か。

その叫びは、泣きそうな情けない響きだった。


「酷い目にあった……」


到着した頃には、僕はすっかり衰弱してしまっていた。

疲れた自分の体を弄って、荷物を確認する。あれだけ激しかったフライトを経て、何か鞄からこぼれ落ちていても不思議ではない。落とさないように対策は講じたが、紐でぎゅうぎゅうに縛る程度の簡素な対策だ。限界がある。


だが、幸いなことに確認した範囲では落とし物はなかった。

ほとんどが無事にエアロの衝撃に耐えていてくれた。

荷物を漁って、服を着替えたり、装備を整えたりする。


外装は、いつもの墓守の制服。青を基調とした伝統の衣装。

武器も慣れ親しんでいるスコップ型の剣。


身につけるものは、基本的にいつもと変わらない。唯一変化があるとしたら、それはエアロを縛りつけた巨大なバッグを背負っていることであろう。


パルマ様を見つけるまでに、時間がかかるかもしれない。

その想定の元に、たくさんの道具を持ってきていたのだ。

身支度を終わらせて、改めて周囲を見やる。


「〜村。ここにいなかったらどうしよう」


〜村は、やはり普通の村であった。

少し離れた位置から、全体を眺めて観察してみる。

草原にも森にも近く、川が流れる好立地。


人が住むには最適な資源の配置がなされていて、何故ここに村が出来上がったのかがよく分かる位置だった。


木造の家が何軒か分散して立っている。

風車や水車が、自然の力を受けて働いていた。


だけど、肝心の人の姿が全く見えない。通常であれば、田畑で農業に勤しむ人々がいるはずなのに、人っこ一人姿がない。不気味なほどに静かである。

まるで、村から人が消えてしまったかのような違和感だけがある。


何かがおかしいと思った。


不意に、魔物の侵攻という言葉が脳裏をよぎる。

悪い予感がした。


村人が、魔物に襲われて全滅してしまったという最悪の予感が。

今回は南東から攻めてきているというから、北西にあるこの場所は無事であると思う。

また、この場所にはエアロを使って空からやってきた。


しかし、上空から見た限りの範囲にはそうした危機は感じられなかった。

目立った魔物の動きはもちろん、冒険者の雄叫び、村から火の手が上がる様子も。

だから、心のどこかで油断していたところがあった。


僕は何かに突き動かされるように走る。

途中で、荷物を置いて先を急いだ。

街道から村に続く小道を、足早に駆けていく。


感じた違和感が、単なる思い過ごしであって欲しいと願う。何事もなかったかのように、畑の向こうに人が生を謳歌していることを祈った。

だが、


「!」


最悪の予想は、当たってしまう。

近づいていく中で、まず匂いで気がついた。

それは、人間の血と魔物の遺体という、嗅ぎ慣れた匂いだったから。


次に、視界に入ったものを見て、確信した。


そこには数人の村人の死体と、魔物の残骸が無惨にも転がっていた。激しい戦闘の跡として、血飛沫が地面を染めて、どちらのものか分からないほどにズタボロになった内臓が散乱している。

血痕は、まだ新しく乾いていなかった。


ポタポタと地面を濡らし、そして森の方へ軌跡が続いている。


「うっ……」


凄惨な現場を目の当たりにして少し放心してしまっていた。

だが、墓守という仕事の性質上こうした悲惨な死体と対面することも珍しくなかったので、完全に取り乱すということもなかった。


一度、目を瞑って心を落ち着ける。


目の前のやるべきことに意識を集中させて、気を逸らす。

血の軌跡が、森の方へと伸びていた。


それはつまり、まだ生存者がいる可能性を示唆している。道で亡くなっていた村人の数は数人程度。村の規模を考えれば数十人がまだ残っていると考えるのが自然だ。

血が完全に乾いていれば、全滅も覚悟しなければならなかったが。


まだ襲われてから時間がそこまで経過していないのであろう。

まだ希望は残されている。

ならば、取るべき行動は一つしかない。


僕はスコップを鞄から抜き放ち、戦闘の構えを取った。


血の轍を辿り、森の中へと走って進む。浮遊の魔法は使わない。エアロの移動で消耗したことと、この後に控えている戦闘のことを考えて魔力は温存することにした。

早く辿り着いても、助ける力が残っていないのは本末転倒だからだ。


己の足を使って全力で走る。


木々を避け、草を掻き分けて血の跡を探して奥へ奥へ。

一分もそうしていると、すぐに悲鳴のような声が聞こえるようになった。


「きゃー!」「誰か助けて!」「もうダメだ!」


逼迫した状況を窺わせる、決死の叫びだった。

ただでさえ全力で走っている中、更に一段ギアを上げて声のする方に。

そうして突き進んでいると、突然。


開けた広場のような空間に出た。

そこには、逃げ遅れた村人達が大勢で固まっていた。

その村人達を、巨大なリザードマンやオークといった魔物に加えて、名前も知らないような悍ましい体型をした魔物が何十体という規模で囲っている。


ギルドからの依頼で何度も魔物とは対峙してきた。

それでも、ここまでのサイズは経験したことがない。

更に女性や子供も大勢いて、怪我をしていたり、頭から血を流している者までいた。

このままでは、数分もしないで全滅する。


そんな絶望的な状況の中で、


「はっ!」


一人、勇敢に剣を振るう少女がいた。

黒い髪、黒い瞳に黒い衣装。

黒い針金でできた王冠のようなものが宙に浮いている。

勇んだ瞳が、真っ直ぐに、そして冷静に相手を射抜く。


そんな、少女が。


「みんな、なるべく私の後ろに!」


村人を一人でも多く守るために、剣を奮っていた。

黒く長い刀身に、金の縁取りが成されたそれは、魔物の血を流して赤く染まっている。

幾重にも刃を振り翳し、幾つもの敵を葬っていく。


「うそ!きゃっ!?」


それでも、限界はあった。

倒しても倒しても湧いてくるという圧倒的な物量に押されて、剣を落としてしまった。

敵の一撃が重かったのか、手に疲労が溜まっていたのか、あるいは両方か。

何にせよ、これで一行はピンチに陥ってしまったということ。


少女の瞳に一瞬、影が刺した。


影は恐怖に変わり、少女の全身を支配していく。

気がつけば、彼女の体は震えてしまっていた。

魔物は容赦なく、そんな少女に引導を渡すべく、拳を振り上げる。


「剣を拾うんだ!」


だが、絶望するにはまだ早い。

僕は全身の魔力を制御して、意識の支配下に置く。

流れのままに、ありったけの魔力をスコップに纏わせて、武器にバフをかけた。薄い緑色のオーラがスコップを包んでいく。今込められる最大の魔力だ。


そして、走ってきた勢いをそのままに、魔物と少女の間に割って入った。

スコップを振り上げると、一陣。突風が吹いた。


あれだけ大勢いた敵の集団が、僕が薙ぎ払った風に巻き込まれて吹き飛んだ。

大勢の魔物が一撃を受けて、消し炭に変わる。

跡形もなく消え去って、森の緑が顔を出した。


父の一撃。


ゴーレム討伐の時に父が行った場の空気を一変させる攻撃。

あれを再現しようと真似してみたのだが、やはり僕では力不足だ。

敵を全て倒せなかったし、天気も変わらない。


まあ、助太刀の最初の一手としては十全な効果があったようだが。

風がやむのを待って、周囲を確認した。

いきなり現れた乱入者の存在に、魔物たちはたじろいでいた。あれだけ追い詰めていた相手側が急に威勢よく攻勢に転じたのだ。それに、大勢の仲間を失っている。


動揺が伝播していくのも無理のないことだった。

ただし、動揺していたのは敵だけではない。

村人も、何が起こったのか分からずに呆気に取られている人が散見された。


「早く!」


場に混乱が広がっていく中。

唯一、何が起こったのかを理解していた人物に檄を飛ばす。


今、戦う力を持つのは僕ともう一人だけだ。


そのもう一人である、漆黒の少女と目を合わせて合図する。


立ち上がって、戦えと。


彼女はその合図を、きちんと受け取った。


小さく頷いて、即座に行動に移る。地面に落ちていた自身の剣を拾い上げて構え直した。


「誰だか知らないけど、助力に感謝するわ!」


凛とした声で彼女はそう言った。

その目にはキチンと正気が宿り、気力を取り戻しているのがわかる。


「話は全て終わってからにしよう」

「分かったわ」


僕達は背中を合わせて、短く会話を終わらせる。

やることはシンプル。ただ、敵を全滅させるだけでいい。

武器を握る手に力が籠る。相手は、身の丈が自分の倍以上ある巨大な魔物。


それに向かって、突撃していく。


村人を守る為に。

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