黒い友達、騒がしい街2

依頼を引き受けることにした僕は早速、出かける準備を始めた。

なるべく目立たない服をチョイスして、身に着ける。


綺麗目の麻の布地の服に、くたびれた何の動物から採取されたのか分からない革で構成された大きめのバッグを背負う。バッグからは、薬草や地図が飛びだしている。非常に多くの道具が入っている証拠だ。

こうした格好をするのには理由がある。


ケトラ様と初めて話した昨日。


中庭で話していたときのことだ。

執事に呼ばれて、式が始まるということを通達されてから、

実際に会場に着くまでの少しの距離を共に歩いていた僕とカルラ様。


歩幅を合わせて、ゆっくりゆっくり目的地に向かっていると、


「アーク、次はいつ会えますか?」


カルラ様がそう切り出した。

それは、友達として次にいつ遊べるかという誘いだった。

僕の墓守の制服の袖を小さく摘まみながら、言う。

その仕草は、まるで好きな人との約束を取り付けようと画策している乙女のようで、不覚にもドキッとしてしまった。


実際は、彼女は交友経験が少ないから、誘い方が分からず、緊張した結果の行動としてこうなっただけだと推察される。


だが、理論は分かっていても感情は制御できない。

僕はその愛くるしい姫様の言葉に、照れながら答えた。


「墓守は午前中に日課が終われば、後は基本暇なんだ。時折、祈祷やギルドから斡旋された仕事があって、そういうときは忙しいけど。でも、今は妹も家にいるし、用事があるときは妹に任せて出かけることもできるよ」


一度立ち止まって、振り返る。

俺は、背の低いカルラ様に目線を合わせるために、少し屈んだ。

突然僕が止まったことに驚いた彼女は、目をパチクリさせていた。


「要するに、会おうと思えば僕はいつでも会えるわけ。明日だって、明後日だって。カルラが望むなら、いつでも」


俺がそう告げると、カルラは嬉しそうにはにかんだ。


「でしたら、次の祝日」

「今週末だね」

「はい、その日私は一日休みを頂いているんです」

「ならその日にしよう。時間と場所はどうする?」

「時間は昼からにしましょう。場所は……城でも大丈夫ですか?」

「大丈夫だけど、それでいいの?」

「はい。むしろ、城がいいです。外に出ようとすると絶対に警護が付くので、自由に人と会うことは叶いません。城の中であれば、自由に動けますから」


それに、とカルラ様は怪しく微笑んだ。


「密会できる秘密の場所が、あるんですよ」


という会話があったのだ。

その秘密の場所、というのは町の一角にある、王城への隠し通路に繋がっている場所であるらしい。

そこに侵入するためには目立たない服を着用する必要があった。


特に、制服は絶対に脱いでおかなければならなかった。

いくらカルラ様と会うためとはいえ、これからやることは不法侵入にほかならない。

城の人間に見つかってしまえば、罪に問われることもありえる。


そうした場合に、墓守の看板を背負っているのはマズい。

父の名誉にも傷をつけることになってしまうからだ。

それだけは最低限、避けなければならなかった。


「よし」


準備を終わらせて、外に出る。

家の周囲に広がる墓地は、いつも通りの静寂に包まれていた。


「では、パルマ様をよろしくお願いいたします」

「頑張ってね、お兄ちゃん」


サニクリーンさんとケトラに見送られて、僕は出発した。


「うん。行ってくるよ」


町はいつもより騒がしかった。

町民が大きく声を張り上げて、何かを叫んでいる。

中央の通りでは、工事が行われていて、材料となる木や土が積み上げられていた。

町がうるさい理由は、主に二つ。


一つは、復興のため。


先日、僕とケトラが、いや父が倒したゴーレム。

あのゴーレムは結局討伐されるまでに町を大きく破壊した。

地図を塗り替える程ではないが、それでもメインストリートで暴れまわったおかげで多くの店が被害を受けた。


その立て直しのために、たくさんの人が動いているのだ。

通りを埋め尽くすだけの人材が、一つの塊のように畝っていた。

昨日の今日だというのに、よくこれだけの人が集まるものだ。

しかし、その光景を見て、僕は罪悪感を覚えた。


もし、僕にもっと実力があれば、父のような強さがあれば。

早くゴーレムを鎮圧して、被害を最小に留めることが出来たであろう。

そうなれば、ここまでたくさんの人を動かす必要もなかったのだ。


自分の所為で出た損失を考えると悲しい気持ちになった。

もし父や、ギルドの職員、妹、彼らにそのことを話したとしたら、仕方がないと言ってもらえるかもしれない。


あのゴーレムは軍用の特別製だったから。

君たちはまだ一人前ではないから。

慰めてもらえるかもしれない。


それでも、自分が自分を許せない内は、そうした言葉は意味を持たない。


……話がそれたな。


町が騒がしい理由。


二つ目は、魔物の侵攻だ。


サニクリーンさんが言っていた通り、現在南東から魔物の大群が迫ってきている。

多くの冒険者などがそれに備えて準備をしているのだ。

あの装備はまだ残っているか。


薬草を多めに準備してくれ。

といった声が通りのあちこちから聞こえてくる。

それだけ状況は切羽詰まっているということだ。


本来であれば、僕も魔物討伐のために、駆り出されていたはずだ。

叶うことなら僕自身もそうしたいと願っている。

しかし、サニクリーンさんの依頼を受けた今。


依頼であるパルマ様を見つけ出すのが先決だ。

それにパルマ様が向かった先は分からないが、魔物の侵攻に向けて出立しているというのが正しいのだとしたら、どの道魔物と戦うことにもなろう。


そうでなくても、早く任務を終わらせて駆けつければいいだけの話。

よって、今は目の前のやることに、専念するしかない。


「この辺だよな……」


中央通りの喧騒を抜けて、路地の一つに入る。

誰の視線もないような、暗く細い道。


最早路地とも呼べないような、建物と建物の間のような場所だ。

ケトラ様が言う、城への秘密の抜け穴の入り口がここら辺のどこかにあるはずだ。

元々は、城の要人が、緊急の時に抜け出すための穴。


つまり、他の国から攻め入られたりした際の城から逃げるためのルート。

それが、この町にもいくつかあるという。

その一つが、ここに隠れていると彼女は言っていた。


「ん……」


バッグを置いて、道を塞ぎ、目隠しをする。

そして、彼女の指示通り、通路の端に隠れていたボタンを探す。


道に這いつくばって、レンガ調の地面に手を当てた。

すると、レンガの一つがボタンになっていたようで、押すことが出来た。

ボコン、とレンガが押されて凹む。


遅れて、道が右と左に分かれて開いていく。


「おお」


地下に続く、道の入り口がそうして現れた。


「ここで合っているのか……?」


現れた通路は、非常に狭いものだった。

人一人の横幅と、屈まなければ進めない高さ。


あれだけ持ってきたたくさんの荷物だが、結局は通路に置きっぱなしの状態で放置する羽目になってしまった。


結局、スコップ一つのみを背中に括り付けて、進むことにした。

しばらく進んで、ようやく出口が見えたと思ったが、


「違う場所に出てしまったのかな」


そこは、誰かの個室であるようだった。

王の部屋に雰囲気が似ていて、家具は少ない。


だが、ベッドやクローゼット、ソファといった部屋にある家具は全て高級品であるようで、重量感を感じられる造りをしている。

ただ、王の部屋とは違って、ピンクの色彩が目立つ。


天井、壁、床。


どこを見ても、ピンクが基調となっているようだった。

その色味に合わせた可愛らしいぬいぐるみが、いくつか設置されているのが特徴的だ。

予想でしかないけれど、ここは女性の部屋か。


それも、かなり幼い子供の女性。

そうやって、通路から顔だけだして、分析していると、


「……!」


突然、バン、と入り口の扉が開いた。

だけど、僕は咄嗟に隠れることが出来なかった。

通路が狭かったから急に戻ることはできなかったし、部屋のどこかに隠れようにも家具が少ないので死角

が存在しなかった。


動くこともできずに、立ち尽くしてしまう。

見つかった。


どんな懲罰を受けることになるだろうか。

どう弁論しようか。

そんなことに頭を回していたら、


「あれ、アーク。約束の日はまだ先だよね?」


聞いたことのある声がした。見ると、ケトラ様がキョトンとした顔をして大きな紙袋を抱えて立っていた。袋の中身はぬいぐるみや、菓子などが詰められているようで、可愛いものによって膨らんでいる。

俺は、安堵の気持ちがして、フーッとため息をついてしまった。


「ごめん、ケトラ。どうしても聞きたいことがあって来ちゃったんだ」

「そ、そうなの……」


ケトラ様は紙袋を部屋の隅に置くと、扉をそっと閉めた。

不意の来客に戸惑っているのか、針金の冠が不規則にクルクルと回っている。


「でも、ちょうど良かったかも。今日は何故か分からないけど、やる事が早く終わって時間があるの。執事さん達も何だか忙しそうで話しかけられなかったし……遊んでくれると嬉しい、です」


ケトラは恥ずかしそうにもじもじとしていた。

期待するような瞳で、こちらを見つめてくる。

身長の低さも相まって、上目遣いになっているのが、余計に心に突き刺さる。


世の男性諸君が思い描く、理想の妹像は、まさしくこんな感じなのだろう。

そう直感させられるだけの魔力が、彼女にはあった。


「カルラ……」


期待の眼差しを受けて、少したじろいでしまう。

遊びに来たのではなく、質問をしにきただけであるため、罪悪感に身を支配されてしまった。

それに、思うところは他にもある。


カルラのセリフに思いを馳せる。


何故、やる事が早く終わったのか。

何故、執事が忙しそうにしているのか。


それは、魔物の侵攻といなくなったというパルマ様の捜索に時間を割いているからであろう。だが、その事実を、心配させないためか、また別の理由かは不明であるがカルラ様には伝えないでいる。

そういう予測が容易に立てられた。


彼女は完全に蚊帳の外で、無邪気に笑っていられるように守られているのだ。

だから、魔物の脅威とか。


行方不明だとか。


そういったマイナスのニュアンスを僕からは出さないように心がけよう。

カルラの無邪気な笑顔を、曇らせたくない。

そして、質問事項が終わった後も、余裕があれば少しだけ遊んでいこう。


我ながら呑気だとは思う。

絶賛行方不明であるパルマや、心配しているサニクリーンさんには悪いが。

これは、決定事項だ。


「あ、ご、ごめんなさい。その前に何か聞きたい事があるんだよね?」


僕が考え事をしているのを見て、カルラは申し訳なさそうに呟いた。

相手の機嫌を伺うように、首を傾げる。


「あ、いや、ごめん。突然来ちゃったから、今日は帰ってくれって言われるかと身構えちゃって……。そう言ってもらえて、嬉しいよ」


僕は咄嗟に、笑顔を浮かべるよう努めた。


「そういってもらえて、嬉しい」


カルラは安心したように、胸をなでおろす。


「聞きたいことっていうのも、大したことじゃないんだ。パルマ様のことなんだけど、彼女について色々聞きたいと思ってさ」

「パルマ……」

「そう、パルマ様。プロフィールとか、好きな場所とか。カルラなら、何か知っているんじゃないかと思って」

「もちろん知ってるよ」

「なら」

「でも、教えたくないかも」

「え?」


カルラは拒む色を見せた。

プイとそっぽを向いて、いじけたように口を尖らせている。

腕を組んで、いかにも怒っていますと言わんばかりの態度を取った。


俺は断られる可能性を正直全く考えていなかったので、驚いて変な声を出してしまう。

教えたくない、と彼女が言う理由が少しも想像できなかった。

思わず、理由を聞いてしまう。


「どうして……?」

「えー言わせるのー、全く……。アークが折角私のところに来てくれたというのに、他の女の子の情報が欲しいだなんて無神経なことを言うからです」


言われて、動揺してしまった。予想外の返答だったから。


「ご、ごめん。そんなつもりはなくて」


自分でも滑稽なくらい必死に弁論してしまう。


「別にパルマ様が気になっているから知りたいわけじゃないんだ」

「ふーん?」

「妹……。そう、妹が仲良くしたいって言っていたからで。深い意味は特にはないよ」

「本当かなあ」

「本当、本当」


咄嗟にケトラのせいにしてしまった。

本来の目的は、サニクリーンさんの依頼を解決することである。

ケトラは、依頼を受けるように促し、カルラ様なら情報を知っているのではないかとアドバイスをしてく

れただけである。真にプロフィールなどを知りたがっているのは、当然僕自身なのだ。


でも、カルラのあの顔を見て、そう答えてしまった。


それが何故かは自分でもよく分からなかったけど。


「フフ」


そんな僕を見て、カルラは笑った。

何が可笑しいのか、口元を抑えて上品に笑みを浮かべている。


「ごめんなさい。ちょっと意地悪をしちゃった。別に本気で怒っているわけじゃないよ」

「そうなの?」

「うん、友達同士では、ちょっとした意地悪をしあうのが普通だって聞いたことがあるの。だから、アークにそうしてみたかっただけ」


カルラはイタズラっぽい笑みを浮かべていた。

悪巧みが成功した子供のように、嬉しそうな様子。


「でも、ちょっと嫉妬したのは本当だよ。私といる時は私に集中してね」

「分かった……」

「それにしても、アーク、嘘が下手だね」

「そんなに分かりやすかったかな?」

「もうバレバレ。王族と友達になりたいだなんて女の子がいるわけないじゃない。ちゃんとした理由があるなら、素直に言えばいいのに」


カルラはクルッと一回転して、はにかんだ。


「でも、今は聞かないでおいてあげる」


僕にも事情があることを察してくれたのだろう。

王族として、人の感情の機微に触れる機会が多いせいだろうか。


「ありがとう」

「どういたしまして」


何にせよ、僕が言えるのはそれだけだった。


「と、話が逸れたね。パルマだよね。うーんと、何から話せばいいかな」

「簡単なプロフィールだけでも助かる」

「プロフィール、ね。分かった」


そうして、カルラが話してくれた内容はこんな感じであった。

パルマ。ケトラと同い年の王族の子供。


カルラがシリウスの娘であるのに対して、パルマはイルディオの娘だ。

現在は親同士が王の地位を争っている対立関係にあるせいで、あまり顔を合わせることはないという。


好きなものは、チェリーパイ。


結構な甘党で、王都にお気に入りの店があるらしい。

外見はサニクリーンさんが見せてくれた手配書通りのようだ。

黒い髪に、黒い服。頭上に浮かぶ黒い針金の冠。


カルラを正反対の配色にしたような見た目である。

性格は快活。


天真爛漫で、常に動き回っている。

帝都によく足を運んでは、スイーツ巡りをする。それも独断で。


城での教育を抜け出しては執事を困らせている常習犯だそうだ。


「簡単なところだけど、ひとまずはこんな感じかな」

「なるほど……結構ヤンチャな人なんだね」

「そうそう。よく抜け出すんだよね。アークに教えた抜け道も、実は発見したのはパルマなんだ」

「色々と合点がいったよ」


おとなしめな性格のカルラが、なぜ抜け道を知っていたのか。

冒険などしなさそうな彼女にしては不思議であったが、そういうことなら納得がいく。

それに、流石は同じ王族で、同じ先代の王の血を受け継いでいるだけはある。


カルラがちょっとイタズラをしようとしたのも、パルマの影響が少なからずあるのだろう。


シリウスとイルディオは対立している。


だが、二人は兄弟ともあってどこか似ていた。

それは、娘であるカルラやパルマも同じということだ。


「他に聞きたいことはある?」

「そうだな、パルマが他に行きそうな場所とか。あ、城の外でね」

「行きそうな場所ね。うーんと……」


カルラは顎に手を当てて、目を瞑った。

うんうんと唸って、考え事を始める。


しばらくして、思い当たる節があったようでハッとした顔をした。


「パルマは基本甘いもののために行動しているから、あまり外には行かないんだけど、一つだけ心当たりがあるよ。確かパルマのお母さんの出身の村が北西の方にあったはず」

「それだ!」


それは、まさしく僕が欲していた情報だった。

無意識で声を張り上げてしまうくらいには。

思わず、カルラの肩を掴んでしまった。


不意に体を触られた彼女は、控えめな声を出して驚いていた。


「ひゃっ」

「その村の名前は分かる?」

「た、確か、〜村だと」


そうして、俺が確実に手掛かりを探っている中、


「お嬢様。少しお時間よろしいでしょうか」


部屋のドアがノックされた。

声は、この間城を訪ねた時に僕たちを出迎えてくれた執事のものだった。

品がよく、落ち着いた声色で優しく問いかけて来ている。


「火球の要件がございます。用事がお済みでしたら、すぐにお声がけください」


だが、その優しさはどこか繕った調子を感じられた。

震える声を無理やり抑えているかのような、微かな違和感。

火球の要件というぐらいだ、かなり急いで報告する必要があるくらい重要な内容であることは明らかだ。


「執事がこんな風に訪ねてくることなんて今までなかった……」

「そうなの?」

「いつもは事前にアポイントがあるの」

「穏やかじゃないな、それは」


カルラの肩から手を放す。

僕は、冷静になって一度深呼吸をした。

場の空気に、不安と緊張が立ち込めている。

部外者である僕が、介入してはいけないことが雰囲気で伝わってくる。


「カルラ、僕は帰った方が良さそうだ。遊ぶのはまた、今度にしよう」


カルラは突然の執事の来訪に、戸惑っているのか、不安そうな顔をしていた。


「そ、そうだね」

「本来の約束は今週末だったんだ。またすぐ来るよ」

「うん……」

「何か困った事になったら、相談に乗るから」

「本当?」

「ああ、本当だよ。墓守は嘘をつかないんだ」

「そしたら、約束して、約束」


カルラは自身の小さな手を、こちらに向けてくる。

僕もそれに応えて自分の指を差し出す。小指同士を絡めて、軽く握る。

そのまま手を上下に数回動かして、契りを交わした。


「じゃあ、また今度」


僕はそう言い残して、元来た道を辿ってその場を後にした。

カルラの寂しそうな顔が、しばらく頭から離れなかった。

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