黒い友達、騒がしい街1

昼過ぎ。


「誰か、誰かいませんかー!?」


家の外から聞こえてくる、その声で僕は目を覚ました。

ドンドンと、ドアを叩く音もしている。

こういう場合、用事というのは一つに決まっている。


「またギルドの人たちか……」


そう、ギルドからの仕事の依頼だ。

緊急でない内容であれば、大抵は手紙で依頼書が届く。

それに対して、緊急性が高いクエスト、即時性が求められる事案については、直接ギルドの職員がやってくることがある。


頻度としてはさほど多くはないが。


それでも最近は昔に比べれば、数は増えている。

丁度この間のゴーレムの討伐。

あれも、今日のように職員が赴いてきていた。


数年前であれば、数月に一度程度だったはずだが、近年は月に一度、更に多いときは数日のうちに何度も依頼が舞い込んでくる場合もあった。いつもなら、父に少しでも近づくことができると喜んで以来を受けているところ。


しかし、今日はまだ昨日の疲労が抜けきっていない。

できれば、明日か、それ以降。

万全の状態が整ってからであれば、いくらでも任務を受けようと思えたはずだ。

不意に、隣のベッドに目が行く。


妹は、あれだけの大声にも関わらず、起きる様子もなかった。

外殻を持った虫のように、布団を被って丸くなっている。


それだけ疲れているということだ。

ケトラを起こさないように重い体をゆっくりと起こし、階下へ向かう。

着替えていないので、服は制服のままだ。


最低限の身嗜みを整え、ドアを開く。


「ああ、良かった。不在だったらどうしようかと思いました」


ドアの外には、泣きそうな顔をしている一人の女性が立っていた。


「アーク様、前回の依頼から日が浅いので恐縮ですが、お願いがございます」


いつも家に来る、女性のギルド職員、サニクリーンさんだった。

常にビシッと服を着ていて、背筋が伸びているのが印象的な方。


一方で、こうして少しでも不安になったり、暗いことがあると泣きそうな顔になってしまうというギャップを抱えた人でもある。


「とりあえず、中にどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


そんなサニクリーンを招き入れ、紅茶を入れる。

客間に通して、椅子に腰かけてもらった。

紅茶を飲んで、落ち着くとサニクリーンさんはキリっと表情を変える。


仕事人といった顔つきになった。


これが、本来の彼女の姿だ。

涙を拭って、持ってきていた書類の束をテーブルの上に広げていく。


「今回は、人探しを行っていただきたいのです」

「人探し……ですか?」


珍しいタイプだ。

普通は、魔物の討伐など主流。


何故なら、ここに流れてくるほどの任務というのは、ギルドや国が対処しきれなかったものなどが多いからだ。人探しや採取といった初級の冒険者がこなすような内容は基本的に流れてこないのが普通だ。


「魔物とか、遠征とか、そういうのではなく?」

「はい、捜索任務となります」


資料の一枚を指してサニクリーンさんは言う。


「確かに、近頃魔物の動きは活発です。今日の未明から現在に至るまで、国の南東で大規模な魔物の侵攻が確認されています」


しかし、と彼女は言葉を続ける。


「魔物の侵攻に関しては、既に多くの冒険者が派遣されており、更に特に深刻な被害を受けることが予想される地点には既にギルドが対策を打っていて、パラグリオ様が向かっております」

「なるほど、父が……」

「はい。なので、魔物に関しては問題ありません」


父は城での一件が終わった後、更に仕事があると言っていた。

深くどんな仕事かを聞くことはなかったが、そういうことだったのか。

多くの冒険者に、父パラグリオが出る必要があるほどの魔物の侵攻。


一体、どれほど事態は深刻なのだろう。


考えるだけで、身震いがする。


「本題ですが、その魔物の侵攻に対して一人、向かっては行けない御方が向かってしまったという情報が入ったのです」

「向かってはいけない人、ですか」

「ええ、その御方とは、パルマ・ディアナ様。イルディオ様のご息女でございます」


サニクリーンさんは、広げた資料の中の一枚を渡してきた。

資料の中には、パルマの似顔絵が用意されていたらしい。

手に取って、確認するとそこにはパルマの似顔絵があった。

黒く長い髪に、日焼けした肌。


頭上に浮かぶ針金で組んだような王冠と、身にまとう衣装は白。

手配書のような資料であるため、表情は無表情である。

それでもかなりの美少女であることが伺える、整った顔立ちだった。

外見の特徴から、俺は一人の顔を思い出す。


「カルラ様と……少しだけ似ていますね」


もちろん、顔の造りなどは大きく違う。

しかし、纏う雰囲気というか、表現しがたい部分で二人は似ている気がした。


「よく似ているという話は聞きますね。見た目の部分だけですが。カルラ様は穏やかな性格をされていますが、パルマ様は快活なお方で、よく城下で問題を起こしていることで有名です」

「パルマ様の噂はよく耳にします。何でも、犯罪者の元に興味本位で近づいて行ったり、誰かに悪戯したり、と」

「仰る通りです。彼女の問題行動を諫めるために、度々ギルドから人を派遣している次第ですから」z「それで、今回は魔物の元に向かったということですね」

「はい……」


だんだんと話の筋が見えてきた。

要するに、こういうことだろう。

いつも問題行動を起こして、よくギルドの世話になるパルマ。


今回のケースでも、同様にギルドの力が必要になった。

だが、今冒険者などは概ね魔物の侵攻に向けて派遣されている。


そのため、今現在頼れる人材はほとんど残っていない。

そこで、僕たちに白羽の矢が立ったというわけか。


以上のようなことかと、サニクリーンに尋ねると、概ねそうだと返事が返ってきた。


「もちろん、そういった理由も大きいのですが、他にもあります。パルマ様は次期王候補の娘という地位の高さから、命や身柄を狙う輩も多いのです。今、彼女が行方不明であることや、城どころか町の外にいて、狙われやすい状況にあると明かすのは危険。だからこそ、信頼できる方にのみ、こうして依頼しているのです」


サニクリーンさんは真剣な顔をしていた。


「確かにパルマ様は天真爛漫で、よくトラブルを引き起こします。しかし、彼女の行動の原動力となっているのは、この国をよくしたいと考える純粋な気持ちです。私たちは、パルマ様とはよく会話をします。彼女は、いつもどうすればこのディアナという国が良くなるか、そればかり考えているのです。そして、そんな彼女を私たちは尊敬し、慕っているのです」


だから、どうか、どうか……と彼女は言葉を続ける。


「助けてください。彼女を見つけるために」


僕は、その話を聞いて、仕事を引き受けると決めた。

そう決めて、二つ返事で了承した。


「分かりました。任せてください」


サニクリーンさんの、パルマ様を助けたいという気持ちに応えたい。

そう思ったからだ。


「ありがとうございます……」


サニクリーンさんは頭を下げてお礼をしてきた。

彼女との付き合いも長い。色々と世話になったことも数えきれないほどある。

そのお礼を、少しでも返せるように努めよう。

だけど、依頼を成功させるにはもっと情報が必要だ。


「ですが、パルマ様レベルの要人ともなれば、護衛もいるでしょうし、お付きの方、執事などもいらっしゃると思うのです。そうした人は、かなりの実力者が選ばれるでしょうし、そういった方々に任せる方が安心なのではないでしょうか」

「パルマ様は、護衛や執事をあまり持ちません。昔は大勢いたようですが、パルマ様が直々に不要だと仰られたそうで……。父のイルディオも、それを良しとしてしまっていて、自由にさせてしまいました」

「では、今は誰も捜索に出ていないのですか?」

「今いる数人の護衛が、動いているそうですが、それ以外は……」

「王国の騎士なども、ですか?」

「動いていません。王国の式は王の命令でしか動きません。掛け合ってはみているのですが、何故か返事がもらえない状態でして……」

「そうですか……」


そういうことか。


王が亡くなり、次期王候補の二人は対立中。

そんな状況の下で、騎士たちも困惑しているのだ。


身内での葬式を行って、公表をこれからするというタイミング。

そこに、魔物の侵攻。

ギルドはもちろん、王城でも混乱が起きていることは容易に想像がつく。

つまり、


「城もギルドも頼りに出来ない……ということですね」

「そういうことです」

「それで、具体的にどの方面といったあたりも分かっていないのですね?」

「ええ、全くの手詰まりで……。探索に出られた元護衛の方も、私に任せろと一言だけ残して去って行ってしまいましたから」


それでは全くの手掛かりなしで、探すことになる。

それも城の外を。


「困りましたね……」


墓守が、こうして依頼を受ける理由は以前説明した通り。

高い実力や、大体町に滞在していることなどだ。

だが、いくら実力が高くとも人の域を超えることはない。


移動手段は主に足か馬。

魔法で浮遊することなども、移動として使えなくはないが、魔力にも上限がある。

少し飛ぶ程度なら問題ないが、探索として広範囲を見えるとなると流石に厳しくなってくる。


手掛かり一つないのでは、どうしようもない。

では、どうするか。


考えていた時、


「王族の誰かなら、何か知っているんじゃない?」


と背後からケトラが話しかけてきた。

振り返ってみると、皴の付いた制服をそのまま着て、格好をつけていた。

壁に意味ありげに寄りかかって、斜に構えている。


さっきまで芋虫のような恰好でずっと寝ていたせいか、寝癖が付いている。

格好をつけてはいるが、イマイチ決まっていない。


「ケトラさん!」


それを見て、真っ先に反応したのは僕ではなく、サニクリーンだった。

サニクリーンさんは、ケトラと仲がいい。何せ依頼がないときでも、偶に家に遊びに来たり、ケトラと二人で買い物に出かけたり。


馬が合うのか、一緒に行動するのを僕は知っていた。


「話、途中からだけど聞かせてもらったよ。アークお兄ちゃん」


ケトラは、部屋に入ってくると、僕の横に座った。


「情報がないなら、知ってそうな人から聞くのが一番だと思うよ。庶民の話は庶民から、商人の話は商人

から、そして王族の話は王族からってね」

「なるほど。それは百里ありますね。流石ケトラ様です」

「そ、そうですね……」


サニクリーンさんがケトラに対して、あまりにもイエスマンすぎて少し引いてしまう。

彼女は妹の言葉を嬉しそうに全肯定していた。

仲がいいというのは知っていたが。


まさか、こんな感じだったとは……。


元々抜けているところはあるが、僕はこの人を知的な人だと評していた。

その評価を変更する必要があるかもしれない。


「でも王族って言っても、親であるイルディオ様となんて接触できるはずもないし……」

「何も親族に絞る必要はないと思うよ、近くにいた執事さんとか、友達とか、選択肢は案外多いかな」

「素晴らしいアイデアです!」

「それなら、まだ実現可能性は高いね。まあ、城の内部の人間とどうやって接触するか、っていう課題は残っているけど」

「お兄ちゃん、ちゃんとアテがあるじゃない」


ケトラは、こっちを向くとウインクを一つした。

ほらほら、あの人あの人、と視線で訴えてくる。


「彼女か……」


ケトラがいうアテというのは、カルラ様のことだろう。

言われるまでもなく、僕もそれは考えてはいた。

しかし、彼女と会う約束をしたのは、一週間も先のこと。


魔物の侵攻スピードを考えても、そっちにパルマ様が向かったというのが真実なら、確実に間に合わない。

真剣に探索するなら、今すぐにでも情報は欲しい。

ただ現状、ケトラ様以外に頼る先がないというのも真実。

王城とコネクションのある父も今は出掛けていて、いつ戻るかは不明だ。

父の息子であることを話せば、城の人間にも少しは融通が効くかもしれないが、今は時期が悪い。

この王が不在で、魔物の侵攻もある過渡期の今。


執事にゆっくりと話を聞いている暇などないに等しいと言える。


「彼女、というのが何方かは存じません」


サニクリーンさんは、俺の手をテーブル越しに握ってきた。

ケトラとのふざけたやり取りとは打って変わり、真剣な眼差し。


「ですが、手掛かりがあるのでしたら、是非ご助力ください」


お願いします、お願いしますと繰り返し頭を下げてくる。

その姿は、鬼気迫るものがあった。

本気で誰かを思う気持ちが込められていた。

その気持ちに感化され、


「アークお兄ちゃん……」


ケトラの視線に後押しされ、


「分かりました。出来ることはしましょう」


僕は依頼を引き受けることに決めた。


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