白い友達、カッコ悪い大人達5
今日は疲れた。
家に帰ってきて、出てくる感想はその一言に尽きる。
服を寝巻に着替えることもなく、制服のままベッドに頭から飛び込む。
「ふー……」
ようやく訪れた安寧の時間に、思わずため息が零れる。
不意に、時計に目をやると時刻は朝の日の出の時間が近づいていた。
(もうこんな時間……だったのか……)
寝ぼけた頭で、今日の出来事を振り返る。
カルラ様と約束をしたあと、二人で話し込んでいたら、すぐに定刻がやってきた。
ここでいう定刻とは、王の葬儀の開始時刻である。長いこと会話に夢中になっていたから忘れがちになっていたが、僕たちは葬儀の準備が終わるまでの時間つぶしと、カルラ様の緊張をほぐすために外に出てい
たのだ。
執事に呼ばれて、王の私室に戻る。
巨大な扉を開いて中に入ると、昼間より人の数が増えていた。
父パラグリオ、妹のケトラ。
シリウスにイルディオ、この辺りは変わらない。
違うのは、幾人か女性がいることと、執事や給仕の数が増えていることだった。
集った人数をざっと数えただけでも、数十人は下らない。
いくら身内で行われる葬儀とはいえ、亡くなったのが王ともなれば、これだけの人数が集まるものか。国民への発表前で、秘密裏に行うと聞いていたのでもっと小規模のものを想像していたが。
やはり、国のトップは関わった人間の数が多くなるのだろう。
集った中には、俺でも知っている要人が幾人もいた。
ギルド一番の実力者に、大商会のトップ。
シリウスやイルディオの奥様。
一人一人が名のある有名人物ばかり。
顔ぶれを見ただけで身震いをしてしまいそうになる。
この顔ぶれをもう一度集めるとなったら、どれだけの労力が必要になることか。
僕はその場でカルラ様とは別れることになった。
僕は父のもとに、彼女も親族の元に。
それぞれ向かって離れていく。
カルラ様とは近いうちに再び会う約束を取り付けた。
具体的な日付や場所も決めたので、近いうちに再開することが決まっている。
なので、特に惜しむこともなく、普通に別れた。
彼女が最後に、手を軽く振ってくれたのが印象的だった。
その後、僕は父と妹と数時間ぶりの再会を果たした。
父パラグリオも、妹のケトラもいつもの調子で談笑しており、準備が滞りなく終了したことが態度から伝わってくる。
「準備、無事に終わったんですね」
そう声を掛けると、二人が反応した。
「おお、アーク。戻ったか。こっちは無事に終わったぞ」
「それより、アークお兄ちゃん。ケトラ様と上手く話せたの?」
「ああ、そっちは問題ないかな。仲良くなって、今度また会う約束を取り付けたよ」
「お兄ちゃんって案外大物……?嘘じゃないよね」
首を傾げるケトラは疑念の目を浮かべていた。
「本当だよ。ケトラとも話してみたいって言ってたし、一緒に来るといいさ」
自分の名前が出たのが意外だったのか、ケトラは驚いた顔をした。
信じられない、と表情で語っている。
「え?なんでそこで私の名前が出るの!?」
「まあ、色々あってね」
「その色々を説明してよー」
ぷりぷりと怒ったふりをするケトラ。
手をブンブン振り回して、抗議するのが微笑ましい。
準備を手伝っていて疲れているだろうに、元気なものだ。
「そこまで出来たのなら上出来だな。アークにそっちを任せて正解みたいだったな」
僕たちのやり取りを傍観していた父が不意にそう言った。
満足そうな顔をして、笑っている。
白い歯を見せて、ニコッと口角を上げていた。
何で僕に仕事を回さなかったのか。
何でケトラに仕事を任せたのか。
聞きたいことはいくらでもあるはずだったのに、その顔を向けられた瞬間に、全てどうでもよくなってしまった。
元々カルラ様と話したことで概ね心は切り替えられていたが。
ほんの少し残っていた心のしこりまでも、今のデ完全に消え去った。
少し褒められただけで、これである。
自分の単純さを改めて自覚することとなった。
と、身内で話をしていたとき、
「それでは皆様、定刻となりました」
今日最初に僕たちを城に迎えてくれた執事が挨拶をした。
「式を、始めさせていただきます」
それまで騒がしかった会場は、その開始の合図を受けて静まり返った。
一瞬にして、静寂が場を支配して、厳粛な雰囲気が訪れる。
流石に、ここにいる人間の大半は位の高い人間か、多くの教育を施された人間ばかりであるおかげか、切り替えが早い。
嘘のように空気が停滞し、小さな布ずれの音すら鮮明に聞こえてきそうだった。
「では、パラグリオ殿、進行は任せます」
「はい」
これから、葬式が始まる。
その一連の流れや、順番は父に一任された。
父は一度、敬礼をして皆の前に出ていく。
そして、王の亡骸の傍によると、もう一度大きく礼をした。
「それでは皆さん、配置を指示いたしますので、まずはご移動のほどよろしくお願いいたします」
そうして式は開始される運びとなった。
人が用意された、整列済みの椅子にそれぞれ腰を掛けていく。
僕たちは補佐役ということで、父のすぐそばの椅子に座らされた。
親族と同じか、あるいは彼らよりも王に近い位置。
僕たちの横にシリウスやイルディオが並んで座る。
続いて、彼らの妻などが腰を下ろしていく。
次々に整列は進み、最後の一人が着席した。
そこから、改めて部屋を一望する。
先ほど、ここにカルラ様と戻ってきた時は人の多さや、家族との会話に気を取られていて気付かなかったが、大きく内装が変わっていた。
単なる王の寝室だった部屋は、全く別の姿になっている。
天蓋付きのベッドはなくなり、大きな棺に。
ほとんどモノがなかった空間には参列者用に椅子が並べられ。
花や絨毯が鮮やかに、床や壁を装飾していた。
見違えるほどに、変化は大きかった。
そんな空間の中で、葬儀は進行していく。
僕は、そこでも父の仕事ぶりに見とれていた。王の魂を天国へ導くための呪文に始まり、最後まで徹底された熟練の動き。初めて墓守の働きを目にする者でも、これが一流の仕事だと分からされるほど、圧倒的なオーラ。
普段はふざけた態度が多い父。
しかし、こうして仕事に向き合っているときは驚くほど静かだ。
集中、それも極限まで研ぎ澄まされた。
父はいつも仕事に対しては真剣ではあるが、今日は特にそう思う。
王とは親しかったと聞く。
やはり、友として交友の深かった者として気合が入るのだろうか。
尊敬するその背中に見入っていると、儀式はあっという間に進行していき、やがて終わりを迎えた。
開始から数時間たち、涙で王は見送られていった。
父の仕事は完璧で、遂には一度も手を課さずに終わる。
墓守の出番は、これで終わりだ。
後は親族だけが集まり、食事を行うのみ。
そこで、今後の遺産の分配や、次期王の選出、その他の手続の話し合いが行われるそうだ。
そう、出番は、ここで終わり。
後は片づけをして帰るだけ。
「片付けはアークも頼む」
参列者の大半が移動した後、父がそう言った。
だから、ほとんど人がいなくなった会場で、片づけを始めた。
そして、執事の方の指示なども受けながら、作業を進めていたとき。
「ふざけるな!」
耳を劈くような大声が響いた。
城全体に響き渡るような、振動を持った声だった。
声の主は、イルディオであるようだった。彼の雄叫びのような罵声が、次いで聞こえてくる。
どうやら、親族だけが集まった部屋の中で揉め事が起こったらしい。
最初はすぐに収まるだろうと思ったし、親族の争いごとに首を突っ込むのも阻まれるので、僕達墓守は干渉しなかった。
だが、徐々に騒動はヒートアップ。
やがてガラスが割れたり、何かが倒れる音が聞こえてくるようになった。
流石に、止めに入る必要があると思った。
父とケトラと共に、声がする方へ向かう。
走って数十秒、
騒ぎの中心にたどり着く。
そこでは人々が二陣営に分かれて言い争っていた。
中心人物は二人。
イルディオとシリウスだった。
イルディオがシリウスに。
シリウスがイルディオに。
お互いが、お互いに罵り合い、対立しあっていた。
後ろに控える奥さんや部下たちなども含めて両陣営のどちらかに別れ、怒鳴り合い、モノを投げ合う地獄絵図となっている。
投げられた花瓶などが、窓を割っていたらしい。
剣を抜き放とうとする者。
あるいは、魔術を使おうと詠唱を始める者。
集団の中には、そうした人もいる。
このままでは、死人が出る、そういう状況だった。
「パラグリオ様!」
近くにいた執事は、父の顔を見るとホッとした表情を見せた。
それまで部屋の入口付近でオロオロしていた彼は父の登場で笑顔に戻る。
そして、止めて下さいと言った。
こうして、僕たちは場を納めるために動く運びとなったのだ。
「まさか、止めるのに何時間も掛かるとは思わなかったけど……」
俺は、疲労困憊の体を労わりながら腰を摩る。
父が実力者であるというのは最早説明は不要だろう。
だからこそ、父と共に殊に当たればどんな騒動でも一瞬で制圧することが出来ると思っていた。
しかし現実には、そうはいかなかった。
計算違いだったのは、王族が強かったこと。
シリウスやイルディオに至っては、冒険者として登録すればすぐにでも最高ランクに到達するのではないかと思うほどだ。
側近や、奥さんでも上級の冒険者程度の実力だった。
いくら父がけた外れに強いと言っても、限界がある。
そんな化け物を何人も一遍に相手をするのは不可能に近い。
それに、今回は倒すとか、殺すとか、そういうことではなく。
止める。
その一点だけが求められていた。
だが、行動をやめさせる、というのは息の根を止めるよりも遥かに難易度が高い。
実際に相対する立場となって分かったことだが、
相手は体力が続く限り永遠と暴走行為を続けてしまう。
魔物のように殺してしまえば、物理的に相手の行動は終わる。
王族相手に、人相手にそんなこと出来るはずもなく……。
何時間もかけて、体力を消耗させて捉えることとなった。
「もう……無理……」
隣では、妹のケトラが意気消沈していた。
僕と同じく、制服のまま、着替えることもなくベッドに体を沈めている。
僕たちは家族なので、同じ屋根の下で暮らしている。
家は首都から少し離れた、墓地の端っこの場所にある。
首都から距離があるということや、父がギルドから受けた依頼の報奨金として多くの資金を有していたこともあり、それなりに大きな一戸建てだ。
その一室でケトラと共に寝るのがいつものことだった。
部屋の数は、家族の人数分あるが、そうしていた。
理由は、昔まで遡る。
妹は、元々は親戚でいとこだった。
それが両親の他界をきっかけに、家に引き取られた。
突然両親を失った彼女は、酷く悲しんでいた。
最も身近な人間の死を、幼いその身で味わったのだ。
無理もないことだった。
だから、家に来てしばらくは常に涙が目に浮かんでいた。
特に寝る前になると、夜の闇が死を連想するせいか、寝付くことも出来ないほど。
それを見て、僕は寝る前、ベッドに入るときは妹の傍にいることに決めた。
当時から父は仕事で家を空けることが多かった。
母も病気がちで、妹の面倒を見る余裕がなかった。
この家で、彼女に寄り添えるのは僕だけだったのだ。
ある意味、必然だったと言える。
それから、僕は妹のために寝る前に一緒のベッドに入って物語を諳んじたり、絵本を読み聞かせたり、ということを行うのが日課となる。
二人して、話をするのが寝る前のルーティンだった。
そして、今。
それから数年がたち。
ケトラは、一人で寝れるようになった今でも。
こうして、同じ部屋で話をするのが恒例行事なのである。
流石にベッドは別々であるが。
「まさか、あんなに揉めるとは思わなかったよ……」
「本当だね……」
シリウスやイルディオが揉めていたのは、主に次期王の座についてだった。
どちらも自分がその座に相応しいと、疑うこともなく主張していた。
執事の言葉を思い出す。
葬儀の後、遺言が執事から話されることとなり、その遺言の内容によってどちらが王候補に決定するかが判明するそうだった。
だが、実際に遺言で発表されたのは、
「次期王は二人で話し合って決めること」
その一言だけだったらしい。
後は、相続や遺産、孫への言葉、といった内容ばかり。
手紙の内容が判明すると、俺がなるだの、お前より俺が優れているだの、言い合いから始まり、あの騒動に繋がったそうな。
「ちゃんと話し合えばいいのにさー。二人とも喧嘩することもないのに」
ケトラの言うとおりだ。
王は、話し合って決めるように遺言を残した。
それなのに、物理的に争っては意味がない。
王の遺言は無に帰してしまうだろう。
「本当だよな。まさか、温厚そうなシリウスまでもあんなに血相を変えるとは……」
「ねー。あのカルラ様、だっけ……?あの子。可哀そうだったよね」
「ああ、端っこであんなに縮こまっていたし……」
カルラ様は、シリウスの娘。
王族であるため、当然あの場にいた。
ただ、彼女の場合は本当にいるというだけで、それ以上の行為はしていなかった。
つまり、争いには参加せず、部屋の隅っこで小さくなって震えているだけだったということだ。
あの頭上に浮いていた針金の王冠までもプルプルしていて、
いかに彼女が怯えているかが視覚的に伝わってくるのが辛かった。
「何にせよ、もう口も動かしたくないよー」
欠伸交じりの呆けた声を出すケトラ。
眠気が限界に来ていることがよく分かる声だった。
「ならもう寝よう。流石に僕も限界……」
昨日の朝から準備やら何やらで、早起きしていた俺たち。
馴れない墓守の仕事。
そして、国のトップレベルの実力者たちの喧嘩の仲裁。
まだ墓守としては見習いである僕達にはハードワークすぎた。
よく家に帰る道中で倒れなかったと思うくらいにはハードだった。
そんな疲労困憊であった俺たちを他所に、まだやることがあるから先に帰っていていいぞ、なんて言って次の仕事を始めた父は一体何なのだろうか。
尊敬はしているが、人の域を超えていないか……?
まあ、それはともかく。
「そうだね、おやすみ……アークお兄ちゃん……」
「うん。おやすみ、ケトラ……」
もう眠気に抗えないので。
本能に身を委ねて、寝ることにした。
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