白い友達、カッコ悪い大人達4

王城の中庭は立派なものだった。

建物の壁に囲まれた箱庭のような空間は、丁寧に整備されている。

中央に巨木がそびえていて、それを囲むようにして花壇が配置されている。


花壇には名も知らぬ蝶が優雅に空を泳いでいた。

置かれたベンチは木陰の下に収まるように設計されていて、休憩する者のことがよく考えられた位置にあった。


更に中央の木に繋がる道や、街灯などはシンメトリーになるように置かれている。

正に城の中の設備といった美しさがあった。

そして、いくつかあるベンチの一つにカルラ様と共に腰かける。


作法として合っているかは分からないが、一応手を引いて案内もした。

彼女自身は顔を青くして、あまり意識がこちらに向いていないようであったが。

ともかく椅子に座って、彼女の方に体を向ける。


何を話せばいいだろうか。


何を話せば、青い顔をしたカルラ様の耳に言葉が届くだろうか。

気を引き締め直したとはいえ、僕もまだ気持ちの整理がついていない。

今の状態のまま話せば、支離滅裂な会話をしてしまうかもしれないし。


ひとまずは相手を分析することから始めよう。

改めてカルラ様を見る。


外に出て天の光の元に晒されると彼女髪は純白に輝いた。

白い中でも、金色の色素が太陽の光を反射してキラキラと眩しい。

身にまとっている白い装束のおかげで、天使のような外見だった。その白の髪と、同色の瞳は涙で濡れ

て、高級な宝石よりも美しく見える。


特徴的なのは、それだけではない。


王の部屋でも不思議に思ったが、カルラ様の頭の上には白い細い針金のようなもので構築された簡素な王冠のような物体が浮かんでいる。

乗っているではなく、浮かんでいる。

それは何とも不思議な光景だった。


くるくると王冠もどきは頭上を回って、踊っている。

彼女の意思とは関係あるのかないのか、原理すら分からない。


ただ、そこにある。

そういうものだった。


まあ、外見はともかく、中身が今は大切だ。

性格、内面、そういったものを分析して話を始めるとするか。

彼女はどちらかというと内向的な性格をしているのだろう。


シリウス様の言葉や、カルラ様自身の言動、全てがそれを物語っていた。

そういうタイプと話すときは、最初から質問攻めにすると返答が返ってこないことが多い。帰ってきても、ただのインタビューのようになってしまって、つまらない会話になっていく。


向こうから話を引き出せるような工夫をしなくては。


と、いうわけで。


興味を持ってもらえそうな独り言から始めるとする。

失礼にならないように細心の注意を払いながら。


「これは独り言なのですが、私は幼少期に母を亡くしているんです。今から数年前になります。冬の季節で、雪が降っていたこと、その日の夕食はシチューと固い黒パンだったことを今でも覚えています」


空を見上げて、なるべくカルラ様を視界に入れないように意識する。

本当に独り言を呟くような感覚で話していく。


「私の家系は、ご存じの通り墓守の家系で、代々この国の墓を守ること、維持をすることを生業としてきました。死者の魂を墓にきちんと導くために、聖職者のような仕事もすることもあります」


静かに、目を瞑る。


「そんな人の死に近い生活をしているせいか、母の死は何となくいつ起きるか分かっていました。ああ、あと何日で母は亡くなってしまうんだな、それが感覚で分かってしまうというのは恐ろしい体験でした。父もその感覚を理解していたようで、普段は遠征ばかり行っていたのに、最後は任務を全て休んでずっと母の隣に寄り添っていました」


母が息を引き取った日の父の姿を思い出す。


「母が亡くなった日のことは鮮明に覚えています。私と妹は、大好きだった母の亡骸を前に泣くことしかできませんでした。そんな中悲しい雰囲気の中、毅然と振舞っていた父は、強い人でした。俺と妹が号泣していても、父は真面目な顔を崩しませんでした。それだけでなく、妻という最も愛する存在の死が訪れても、父は墓守としての仕事をきちんと全うしました」


母の葬儀は、家族のみで行われる簡素なものだった。

自宅の、母の部屋で行われて、父が全ての儀式を執り行った。


「父とは数える程しか共に仕事は行ってきませんでしたが、あの時の父の動きは洗練されていて綺麗なものでした。この世で最も美しい光景は何か、と問われれば、あの日の父を想像するほどです」


ここまで話して、俺はふと我に返った。

ええと、結局僕は何を言いたかったんだっけ。

適当に放し始めたから、話の落としどころを見失ってしまった。


元々は、カルラ様の気を引きたかっただけで、こんなことまで話すつもりはなかった。


当初の目的を思い出す。


視線をカルラ様の方に向けると、彼女もこちらに向いていた。

不意に視線が交錯する。

彼女の瞳は、本当に綺麗だった。


相変わらず涙で濡れたその瞳が、光を受けて輝いていた。

その瞳から伝わってくる悲しい気持ちを、少しでも和らげてあげたいと思った。

何故だか分からないが、そうしたいと思ったのだ。


だから、俺はこう言った。


「そんな父が、私が最も尊敬している父が葬儀を行うんです。王も、安らかに天国に導かれることとなるでしょう。だから、安心して、笑顔で送り出してあげましょう。それが、残された人たちの、遺族の務めだと思います」


カルラ様は、パチパチと瞬きを数回した。

まるであり得ないものでも見たと言ったような具合だった。

何か言葉選びか、エピソード選択を失敗してしまっただろうか。


そんな不安が頭をよぎる。

僕が不安に支配されていると、カルラ様がその小さな口を開いた。


「おじいちゃんは、本当にちゃんと天国に行けるのでしょうか……?」

「はい、誰よりも父を知る私が保障します」

「そう、ですか……」


俺の返答を聞くと、彼女は一度俯いて、黙りこくってしまった。

そして、しばらくしてから。

再び面を上げると、


「おじいちゃんは、優しい人だったんです」


カルラ様は続けて目を伏せて、小さく語り出した。

彼女は、どうやら自分の身の上話をしてくれるらしい。


「私は、生まれた時から一人でした。城の中でも、城の外でも。同世代の人と話す機会なんて、そうそうありませんでしたし、あっても私の立場が相手との壁を勝手に作ってしまうんです。唯一の友達候補だった、パルマとは父親同士が対立している関係で気軽に話すことも許されませんでした」


だから、とカルラ様は言葉を続ける。


「そんな私にとって、おじいちゃんは、唯一私が心を許すことのできた人でした。おじいちゃんがいなくなってしまったら、私は、私は……誰とお話をすればいいのでしょうか……」


そう話す彼女の瞳は、さっきよりも涙で濡れていた。

美しい顔は悲しみで歪んでいき、くしゃくしゃになっていく。

彼女は、僕よりもいくつか年齢が下だ。


時期王候補の娘という肩書を無視すれば、年相応の少女なのかもしれない。

そう思わされるほど、心の弱さが露呈していた。


「…………」


彼女は、時期王候補の娘。

そのことから、幼少期から護衛が付いていただろう。

交友関係も制限されていた可能性もある。


それだけ、肩書が持つ影響力、特に将来的に王女になるかもしれない事実は大きい。

子供同士の喧嘩でも、相手がカルラ様となれば下手をすれば罰則さえ受けることになるのだ。

取り入ろうと下手に画策しても、護衛に阻まれる。


そんな状況で、どうして友達が出来ようか。


同世代の友達を作るのは絶望的と言える。

そして、唯一の友達候補であった。パルマ。

城の中にいる、ただ一人のカルラ様と同世代の少女。


その人とも、友人になることは叶わなかった。

それは、パルマがイルディオの娘であるからだ。

少女のことは僕ですら知っている。


実際に見たことはないけれど、かなりのお転婆の娘であるらしく、常に何処かで誰かを困らせていると聞く。

まあ、パルマの性格はともかく。

イルディオの娘である、それだけで話すことも制限される。


シリウスとイルディオは王の座を争うライバル同士。


実の兄弟でありながら、王座を競って対立しているというのはディアナの国民であるならば誰もが知るところ。

その対立は、娘にまで及んでいたのか。


カルラ様の苦労は考えるまでもなく、相当なものだったはずだ。

そんな状況で、王様だけが話し相手だったのなら。

その王様が亡くなってしまった今、彼女がどんな心持であるのかは察するものがあった。


俺は、一連の話を聞いて、何故彼女がそんな話をしてくれたのかを考えた。

彼女は、自分の中の心の痛みを分け合えるような誰かを探していたのだ。

それが、父でも友人でもないというのが彼女の不幸を物語っていた。


「それなら、私が話し相手になりますよ」


だから、僕はそう口走ってしまった。


「相手が私でもよろしかったら、ですけど……」


それに、と俺は付け足して伝える。


「私が無理でも、妹のケトラなら気軽にお話が出来るようになるかもしれません。アイツは、私よりも口が上手いし、性格も明るい。きっと、友達は無理でもいい話し相手になってくれると思いますよ」

「ほ、本当です……か?」

「はい」

「で、でも私達はそんな気軽には会えない……」

「父は墓守としての実力が認められたおかげで、今では城の出入りがほとんど自由なんです。俺もすぐそうなって、いつでも会えるようになってみせますよ。まあ、しばらくは父の力を借りることになるでしょうけど……」


僕がそう言うと、彼女は初めて表情を綻ばせた。

笑顔とまではいかないが、小さく笑って見せてくれた。


「それでも嬉しいです……貴方達なら、良い友人になってくれる、そんな予感がします」

「そうなれるよう、努力しますね」

「約束ですよ?」

「はい」


カルラ様は約束を念押しすると、その小さな小指を出してきた。

指切りをして、約束を確たるものにしろという合図だった。

僕もカルラ様に合わせて、自身の指を差し出した。

彼女の指と自分の指とを合わせて、優しく絡ませる。

カルラ様の指は柔らかく、そして温かった。


「約束する時は、何かに誓うのがお約束です」

「では、尊敬する父に誓って」

「お父さんですか……ディアナ様ではないのですね」


ディアナ様とは、おそらくこのディアナの国を創設した初代の王様のことだろう。

数百年前に一代で乱世だった、大陸をまとめ上げた豪傑。

月日が経過した今でも、多くの国民から愛される人物だ。


現在の王族は、その初代ディアナ王の直系の子孫。

そのことから、苗字にはその名を冠しているのが常である。

つまり、カルラ様は正確にはカルラ・ディアナ様であるのだ。


当然、シリウス様もシリウス・ディアナ様であるし、イルディオ様も兄弟であるからイルディオ・ディアナ様だ。


よく約束事を交わすときなどは、その初代ディアナ王に誓ってということがこの国では通例となっている。

だが、僕は敢えて別の人物を使って指切りをすることにした。


父を尊敬しているから、というのも理由の一つであるが。

友達としてカルラ様と親交を深めるなら、ディアナとは関係のない、ただのカルラとして接することが必

要だと考えたのが一番大きな理由だ。


だから、王族の名を使わなかった。


もちろん、別にそんな約束の言葉までこだわる必要は全くない。

無意味と言ってもいいだろう。


しかし、俺は墓守の子。


いずれ父を超える男。


どんな依頼、願い、約束でも絶対に対応できるようになる必要がある。

父はどんな無茶ぶりにも応える実力があり、器があったからこそ今の地位や信頼を得ることが出来たのだ。


父を超えるためには、まずそれが出来なければ話にならない。

任務や依頼は絶対に成功させなければならないのだ。


その絶対に成功させるという己への誓い。

そして、父を超えるという目標への決意。


二つの意味を込めて、宣言をしたのだ。


「私は見たことのない偉人よりも、身近な超人を尊敬しているのでね」

「フフ、貴方、不思議な人なのね」


カルラ様は服の袖で口元を隠して優雅に笑った。

目を細めて楽しそうにしている。

今までずっと泣いているか、落ち込んでいるかのどちらかの姿しか見たことがなかったけれど、本来の彼女はこんな風に笑うのか。


「それなら、私も初代の王様ではない人に誓うわ」

「誰にですか?」

「もちろん、おじいちゃんです。苗字はどちらもディアナなので、言葉的にはあまり変化はありませんけどね」

「ところで、カルラ様は何を誓うんですか?」

「貴方と貴方の妹さん、二人と友達になれるように努力することです」


カルラ様は指を離すと、スッと立ち上がった。

こちらに背中を向けて、一言。


「まずは、カルラ、と呼び捨てにしてもらえるように頑張ります」

「友達になるとはいえ、よろしいのですか?」


カルラ様は振り返って、艶やかな笑みを浮かべた。

くるりと回った影響で、衣服がゆらりと揺れる。


「特別ですよ」


ですが、と彼女は言葉を続ける。


「まずは、お名前を今一度お聞かせください。そこから、始めましょう」


そういえば、まだ正式に名前を名乗っていなかった。

最初は何を話すかという点に集中しすぎていて、そんな基本的なことすら忘れていた。


「これは失礼しました」


胸に手を当てて、名乗りを上げる。


「私は、アーク。アークと言います」

「アーク……」


カルラ様は嚙み締めるように俺の名を呟いた。

名前を確認すると、今度は左の手を差し出してきた。


「改めて、私はカルラです」


よろしくお願いしますという、彼女の手を改めて握る。

丁度、夕暮れの時間と重なって、太陽が黄昏色の光を放っていた。

その光はカルラ様の後ろから差し込んで、元々綺麗な彼女の姿を鮮やかに照らし出した。

見とれる程の美しさだった。


「まずは、友達というのなら敬語ではなく、砕けた言葉を使ってほしいですね」

「それは、私だけでなく、カルラ様も同じですよ」


そういうと彼女はそうですね、と笑った。


これが、僕たち二人の、カルラ様との最初の会話だった。

彼女は王族だ。

身分も立場も大きく異なる存在。


だが、何故か。


初対面であるにも関わらず。

仲良くやっていけそうだと、そう思った。


理由や根拠は全くないけれど、本当に何となく、そう思った。


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