白い友達、カッコ悪い大人達3

残された俺たちは気まずい空気に取り残される。


父はともかく、俺たちは普段王族との接点などない。

話すことも憚られるし、そもそも口を開いていいかも分からない。

妹も同じことを思っているようで、口をむっと堅く閉じて冷や汗をかいていた。

父、パラグリオはそんな俺たちを見て大きく笑った。


「お前たち、緊張しているのか?」


俺とケトラの二人を抱き寄せて、自分の胸に抱き寄せる。

首をその太い腕で固定してきて、更に指でほほをツンツンと突いてきた。


「いつも通りにしていればいいんだ。とりあえず笑っとけ!」


そう言って一人で笑う父。

その悠々自適な態度が、重かった空気を徐々に変えていく。


「生きているやつが死んだ爺より静かでどうする?騒いで送り出してやらないとな」

何が面白かったのか、不意にシリウスがぷっと笑みをこぼした。

終いには、吹き出してしまう始末。

「下品な笑いだな、シリウス……」


イルディオがシリウスの笑いを評するほどには、大きな笑い声だった。

品性が評判となっている彼とは大分イメージと離れた姿。


「イルディオ。誰もが敬うあの父を爺呼ばわりですよ。面白いじゃないですか」

「それは確かにそうだな」


シリウスは父に向かって明るい表情を見せた。

くすみのない白い歯が、無邪気な笑顔を演出する。


「パラグリオ殿。貴公とは一度話をしてみたかったのです。時間まで語り合いませんか?」

「はい、喜んで。私もそうしたいと思っていましたからね」


誘いに対して、父は臆することなく堂々と返事をした。


「葬式の準備は大丈夫なのか?墓守はそれがメインで呼ばれているのだろう?」

「イルディオ、水を差すのは辞めてください。貴方も話したいのならそう素直に言えばいいのですよ」

「何を言っている。俺はただ……」


コホン、と父はわざとらしく一つ咳をした。

場にいた皆の視線が父に集まる。


「せっかくですから茶でも淹れましょう。話はそれからで」


ですが、と言葉を続ける。


「イルディオ様のおっしゃる通り、準備も大切です。なので、準備は子供に任せようと思います。ケトラ、頼めるか?」


父はケトラに視線を送る。

任せたと言う意思表示だった。


「はい。お任せを」


その期待に、ケトラは一礼をして答えた。

俺は、その様子を見て酷くショックを受けてしまった。

墓守の仕事の中で、多くの作業を覚えてきた。


ケトラと一緒に練習したり、自分だけで研鑽に励んだり。

方法は様々であるが、日々腕は磨いてきたつもりだ。普段の墓磨きや、結界の維持だけではなく、こうした葬式といった儀礼の執り行い方にも余念なく取り組んできた。


対してケトラは朝の様子からも分かるように、少し不真面目な部分がある。

寝坊はするし、墓を磨くのすら雑だ。


だからこそ、こうした場面で仕事を振られるのは自分だと勝手に思っていた。

俺は泣きそうになるのを我慢して、唇を噛んだ。

表情を隠すために俯いて、必死に涙を堪えるしかなかった。


「アークはカルラ様とお話でもしていてくれ。構いませんね?」


父はシリウスに確認を取る。

シリウスは、喜んでその提案を呑んだ。


「それはいい。カルラは人見知りなのか、あまり友人もいなくてね。仲良くしてくれると助かるよ。それに、祖父を亡くして気も動転している。落ち着く時間が必要だろう。だけど、話し相手としては、性別も考慮すると妹さんの方が適任なのではないかな?」

「そうですね。ただ、私がカルラではなくアークを指名したのは理由が二つございます。一つは、カルラがマナーを知らないことです。彼女は日ごろから、無礼な態度を取りがちです。良く言い換えれば明るい性格と言えますが、王族の方と話すとなると単に無礼な少女になりかねません。性格的にも、彼女の快活さと王女のお淑やかさは水と油のようなもの。それに対してアークは落ち着いていますから、最初に会話するとなれば彼の方が適しているでしょう。もう一つは、仕事です。今のアークは緊張しすぎていてミスをするかもしれません。一度退席して、カルラ様と話せばリフレッシュして気持ちも入れ替わるでしょう」

「そういうことか。良く分かったよ。そういうことであれば、そうしよう」

「なるほどな。結構周りを見ているんだな」


父の説明にシリウスとイルディオは納得したようだった。

だが、僕自身はその説明は聞けていなかった。


仕事を任せてもらえなかったショックで、頭が回っていなかった。

そんな僕の思いとは関係なく、状況は進んでいく。


聞いていなくても、話は決定して次に進んでいった。

そして、気が付けば。

僕はカルラ様と共に、中庭に出ていた。


しばらくは二人で話してこいということだった。

隣で小さくなっている彼女の顔を見る。

緊張か不安か、原因は分からないが顔を青くして沈黙していた。


王族と何を話せばいいのか、父は何を思ってこの役を任せてきたのか。

真意は分からない。

それでも、いつまでも沈んだ気持ちを引きずっているわけにはいかない。


一応、これも父から任された仕事であることには変わりはないのだ。

ここできちんと責務を果たして、父に自分の有用さをアピールしておかなくては。

任務を着実にこなすことができれば、いずれは父に認めてもらえるようになるはず。


ここで腐っているだけでは、単に信頼を失うだけだ。


パンと、自分の顔を両手で叩く。


気を引き締め直してカルラ様との会話に臨むことにする。

ここでいう任務の成功は、カルラ様を楽しませることだ。彼女を一度でも笑わせることを、まずは目標にしよう。

小さな決意が、固まった。

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