白い友達、カッコ悪い大人達2
「よくぞお越しくださいました、パラグリオ様」
午後、城に向かうと出迎えてくれたのは執事と思わしき人物だった。
畏まった態度で、父に敬意を示している。ついでに、僕とケトラの二人の方にも体を向けて丁寧にお辞儀をしてくれた。
流石王城に勤めているだけのことはあり、細かな礼儀作法が美しかった。
慌てて反応した僕達の無様な敬礼にも、微笑んでくれる紳士ぶり。
将来は、ああいう余裕のある人物になりたいものだ。
そんな執事の人に案内されて、奥に進む。
「城の門からして立派だったけど、中はもっと凄いな」
「うん、驚いちゃった。お兄ちゃん、壺とか壊さないでね……」
「そっちこそ……」
緊張を忘れるために、ケトラとひそひそと話しながら辺りを観察する。
奥に進んでいくにつれて、芸術性の高い品々の数が増えていく。
一目見ただけで何処かの国からの調度品だと分かる珍しい品々が、さも当然のように広い通路の脇に並んでいた。
その通路でさえ、シンプルながらに素材の豪華さが伝わる絢爛さ。
全てにおいて、規格外と言わざるを得ない建築だった。
そんな豪華さに圧倒されて、僕とケトラは完全に委縮してしまっていた。
父は既に何度も出入りしているようで、慣れた様子。
堂々とした立ち振る舞いで執事の後ろを歩いていた。
王城で、ここまで奥に来たのは初めてのことだった。
以前に、僕たちは王城に入ったことが一度だけある。丁度今身に着けている墓守の制服を受け取った時のことだ。
だが、その時は大して奥まで行かなかった。
それに詳しくは覚えていないが、外の広場だった気がする。
奥はどうなっているんだろうねと、ケトラと話したのを覚えている。
だが、実際に体験してみるとこうも立派だとは。
すれ違う給仕の方々も、所作に品があり、穏やかであり、楽しそうに働いていた。
服もみな綺麗で、土の付いた俺のような制服を身に着けている者は一人もいない。
誇りを持って作業に勤しんでいる姿が印象的だった。
「こちらが王の私室にございます……」
居心地の悪さを感じながら歩くこと数十分。
一番奥の一番大きな扉の前で、執事の方が止まった。
その巨大な扉を前に、再び敬礼をした。
すると、執事の動きに呼応するようにして、扉がゆっくりと開いていく。
「既定の時間までに、準備は済ませておいて下さい。全員が揃い次第、式は始めさせていただきます」
何か質問はございますかと、執事は聞いてきた。
それに対して父が聞いたのはただ一つだけ。
「分かりました、王のお姿を拝見してもよろしいですか?」
「はい、問題ありません。王もそれを望んでいることでしょうから」
「ありがとうございます」
「定刻までは余裕があります。準備が終わり次第、ご自由にお過ごしください。では……」
そう言うと執事は去って行った。
その後ろ姿を見送り、僕たちも中に入ることにした。
扉の内側は、扉の大きさに見合うだけの広さがあった。
庶民の一軒家がすっぽり入りそうな空間に、天蓋の付いたベッドが鎮座している。
「……?」
だが、その他にはクローゼットやドレッサーといった身支度のための家具しかない。
ここに来るまでの廊下の方がよっぽど多くの調度品があった。
それに対して王の部屋は質素そのもの。
ベッドの手前のテーブルに置いてある花瓶と、その中の一輪の白い花だけが装飾となっている。どれほど豪華な部屋なのだろうと身構えていたのに拍子抜けの気分だった。
「王は贅沢を望まない方であったのさ」
そんな俺の様子を察して父は言った。
「廊下の品も他国からの贈り物で、王自身が購入したわけじゃない」
質素な部屋を誇らしげに父は見渡していた。
「王は良き王であり、同時に私の友人だった。寂しくなるな……」
その目には哀愁が漂っていた。
王と父には俺の知らぬ繋がりがあったのだろう。
繋がりの強さがなんとなく伝わってくる。
ここまで悲しんでいる父を見るのは久しぶりだ。
母を失って以来ではないだろうか。
目の端に涙が溜まっているのを数年ぶりに見てしまった。
そんなしんみりとした雰囲気の中、父はベッドに向かって行った。
最後に顔を見る。
親しき人間の死を受け止めるというのは、どんな気分なのだろう。
そんなことを思っていると、
「落ち着いて下さい、お嬢様!」
先ほどの執事の慌てた声が背後で響いた。
次いで少女が、必死に声を張り上げて叫ぶ。
「おじいちゃん!おじいちゃん!」
その声と同時にバン、と部屋の扉が開かれて、中に一人の少女が飛び込んできた。
何事かと思って振り返ると、息を切らした小さな少女が、泣きそうな顔をして走ってきていた。
少女は勢いのまま駆け出して、父を抜いてベッドに飛び込んでいく。
「遅れてごめんなさい……。おじいちゃん」
そして亡き王の腕をそっと触ると、遂に涙を溢した。
その女の子は、肌が白く、同じように白い髪を持つ小柄な子だった。
走ってきたためか、髪は乱れていて服も汚れている。
しかし、身につけた衣装は汚れていても高級なものと分かる王家の紋章が入った立派な白い服だった。
特徴的なのは、頭上に白い針金で出来たような冠が浮かんでいること。
あれは、一体なんだろうか……。
年齢は、外見から予測するにケトラより下か。
低い身長も相まってかなり幼く見える。
「カルラ様……せめて身支度をお済ませ下さい。別れの時間は十分に用意されてございます」
その少女の背中を追って、執事が入室してきた。
こちらも息を切らして肩で息をしている。
「分かっています……でも、でも……」
カルラと呼ばれた少女は、執事に諭されるが王の手を離さない。
状況や言葉から察するに、彼女は王の孫なのだろう。
慕っていた祖父の死を突然聞かされて、慌てて取り乱してしまい、執事の静止も振り切ってこうして駆け付けて来たのかもしれない。
彼女はまだ幼い。
まだ大人のような毅然とした態度を取ることが難しいのだ。
その心中は察するに余りある。
「カルラ、執事をあまり困らせてはいけないよ」
そして、さらにもう一人。開いた扉から入ってくる者があった。
その人は長く色の薄い白髪を優雅に揺らしながら、ゆっくりと歩いてきた。
カルラと同じ髪色で、顔立ちもどこか彼女に似ている。
細身の体格に、すらっと伸びた綺麗なシルエット。
身長の高さに合わせて作られたのであろう、白い白衣のような召物が彼の動きを受けて左右に揺れていた。
顔は白く、目の周りと唇が黒く染まっていた。
疲労というよりは、そういう化粧がなされている様子。
体のスタイルに合っていて、ミステリアスな雰囲気が醸し出されていた。
彼は、この国では有名人だから、誰であるかは僕でも知っている。
この国の次期王候補の一人、シリウスだ。
亡き王の二人の息子のうちの一人。
よく街にも顔を出しているので、見たことがあった。
「シリウス様、ご無沙汰しております」
父が丁寧に挨拶をした。
ああ、とシリウスは会釈するとカルラの方に向かっていく。
「いやはや、娘が失礼した。カルラは祖父が大好きなものでね。許してやってほしい」
彼は名声があり、娘の存在も広く知られている。
だが、実際に目撃した者は少ない。
まさか、こんな形でお目にかかる機会が巡ってくるとは……。
シリウスはそのままカルラの頭を撫でると、父に向かって頭を軽く下げた。
「パラグリオ殿、失礼した。今日はよろしく頼むよ」
「承知しました。おまかせを」
次いでに俺たちにも目を合わせると、柔らかに微笑んだ。
「君達も、今日はよろしくね」
「「はい」」
僕とケトラは一拍も置かずに、無意識のうちに返事をしていた。
その微笑みには有無を言わせぬ力があった。
自分の意思とは関係なく、頷いてしまう。
彼の言葉にはそんな魔力があるような気さえした。
「カルラ、落ち着いて。祖父を慕うのなら、祖父を困らせることはしてはいけないよ」
「はい……皆さんすみませんでした……」
父に促されてカルラは立ち上がり、皆に向かってぺこりとお辞儀をした。
先程まで泣いていた影響でまだ鼻と耳が赤いが、涙自体は止まっている。
サリウスの言葉は娘の涙も止められるようだ。
凄いが、同時に恐怖すら感じる。
執事をはじめ、全員がカルラの謝罪を受けていると、
「やはり、カエルの子はカエルだな。謝罪だけは上手い」
後ろから声が掛かった。
「イルディオ様」
真っ先に執事が振り返って挨拶をした。
遅れて俺たちも視線を声の方向に向ける。
そこには、また一人の男が立っていた。
「執事、悪いな。遅くなった。後から妻や従者も幾人か来る。家族で遠方へ出ていたため、戻るのに少々手間取っている状態だ」
「定刻まではまだ時間があります、報告ありがとうこございます」
執事が、礼節を持って出迎える。
その男は、シリウスと同じく亡き王の実子が一人。
イルディオだった。
彼も彼で国民からは人気がある。
サリウスとは相反する外見で、短く固い黒い毛をしていて、肌は浅黒い。
目元と唇に白く色が塗られているのが印象的。
身に纏った黒い装束は、長く愛用しているのか、かなりくたびれていた。
白と黒。
シリウスとイルディオ。
正に相反する外見の二人が並ぶのは圧巻の光景だった。
だが、見た目からも分かるように二人の中はお世辞にも良いとは言えない。
常に対立していて、王位を争っている。
王の監視の下で、なんとか体裁は繕っていたが。
王が亡き今、これから二人の対立が激化していくのは目に見えている。
「父の葬式に娘も連れぬ男にとやかく言われることはないよ」
「娘は事情があって来れなくなったのさ。言うことがないなら黙って王位を俺に譲ることだな」
二人の間で火花が散った。
重い空気が部屋の中に流れてくる。
「まあ、お前は別にどうでもいいんだが……」
不意に、イルディオがこちらを向いた。
「パラグリオ、今日はよろしく頼む。お前たちもな……」
イルディオは不器用だが優しい、そんな顔で俺たちに言った。
こう言う部分では、二人は似ている。
それなのに、王位を競う者同士、対立を余儀なくされているのだろうか。
俺はケトラに視線を向ける。
「?」
目が合うと不思議そうな顔をしていた。
惚けた顔で首を傾げている。
ケトラは、俺の妹だ。
義妹ではあるが、仲良くやっていると思うし喧嘩もほとんどしたことがない。
少し抜けているところがあるし、たまにイラっとさせられることはある。だが、それは向こうも同じだろうし、お互い様だと言える。
故に実の兄弟であるシリウスとイルディオが仲が悪いと言うのはよく分からなかった。
それは僕が若く、世の中を知らないからなのだろう。
そんなことを考えていると、執事が言った。
「繰り返しになりますが、定刻まではまだ時間がございます。皆様、ご自由にお過ごしになってください。私は諸準備に当たっております故、一度退席いたします。御用がございましたらご申しつけ下さい」
もう何度繰り返したか分からないお辞儀を再びする。
そうして、執事は今度こそ去っていった。
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