白い友達、カッコ悪い大人達1
仕事が片付くと、父は報告があると城に向かって行った。
残された僕たちは後片付けと、ギルドへの報告が待っていた。
そうしたタスクを終えた後も、ケトラがお菓子を買うだのデートだの何だのと言い始めて今日被害に遭っていない市場まで出向くことに。
「ふんふんふん、ありがとう、お兄ちゃん〜」
目的の商品を購入できて、ご機嫌な妹と帰路に着く。
家路につき、玄関までたどり着く頃にはすっかり日は落ち切っていた。
「おう、お前達も今帰りか」
丁度父パラグリオも同じタイミングで帰宅したので、三人で夕食を取る運びとなった。
「それでね、アーク兄ちゃんが……」
食卓を囲むと、決まってケトラが一番よく話す。
快活な性格とお喋り好きな部分が合わさって彼女の口をよく動かすのだ。
いつも二人で食事をとる時と変わらない。
だが、父が家にいるときは元気度が二割り増しだ。
ただでさえ元気なケトラは、ギアを数段上げて楽しそうにしている。
一体彼女の体の何処にこんなエネルギーが眠っているのだろうか。
父が家に帰ってくるたびに、そう思う。
一方で、ケトラのこの調子を見るたびに少し胸が痛む自分がいた。
僕は家族としてケトラが好きであり、彼女とは長年の付き合いであるため、よく知っている。
だからこそ、単に元気だなと思い過ごすことはできない。
何故なら彼女のこうした活発な様子は寂しさの裏返しでもあるからだ。
最初に言った通り、ケトラは両親を失っている。
親の死をきっかけにうちに養子として迎えられることになったのだ。
幼少期に身近な存在の消失を体験し、更に父は実力者であるが故に仕事が忙しく家を空けることも多い。
かくいう僕の実の母も数年前に亡くなってしまい、もういない。
愛情に飢えているのは言うまでもないことだった。
父が帰ってくるたびに、こうなるのは当然のことだろう。
普段、僕を慕ってくれているのも、そうした事情が大きいのだと理解しているつもりだ。
妹の願いはなるべく叶えてやりたい。
そうした理由から、僕は彼女の願いをなるべく聞くようにしている。
両親が健在な家庭のようにはいかなくても。
ケトラには笑って過ごして欲しいのだ。
「ところでアーク、ケトラ。明日は用事はないよな?」
ケトラの顔を見て感傷的な想いに浸っていると、父がこちらを向いてそう言った。
「うん。特にないよー。ね、お兄ちゃん?」
「うん。墓守の日課以外には特に。今日みたいにギルドから緊急依頼が舞い込めば別だけど」
そうか、そうかと父は頷く。
そして真剣な表情を浮かべた。
ナイフをテーブルに置いて、姿勢を正して、咳払いをひとつ。
真面目な話を始める合図だった。
それまで浮かれていたケトラの態度も一変して大人しくなる。
俺たち二人も、椅子に座り直して父に向かい合った。
「実はな、国の王が天寿を全うされたそうだ」
話された内容は国民であれば誰もが驚く一大事についてだった。
「まだ正式には発表されてはいないがな」
僕らが暮らすこの国の名は、ディアナという。
我らディアナの王はかなりの老齢であった。
ここ最近では、あまり表舞台に顔を出さず病気の治療に当たっていたはずだ。
ご回復を願っていたが、無くなってしまったとは……。
現王は有能で、そして慕われる心優しき王だった。
孤児院をよく訪れて寄付をしていたし、政治も上手かった。
何より国民の声をよく聞く王様で、数月に一度、国民のために時間を設けて話を聞く機会を作ったことで多くの民が感謝していた。
当然、話した内容は政治に反映され、食糧に困れば配給が。
農作に困れば、道具の援助が行われて、近年稀に見る優秀さだった。
そんな王様を失ってしまうのか……。
「そう……」
墓守の制服を直々に渡して下さったのは、王様だ。
その時の記憶は今でも昨日のことのように思い出すことができる。
柔らかく温和な表情が印象的だった。
悲しい気持ちに襲われる。
ふと、ケトラを見ると、彼女は泣いていた。
王様の死もそうだが、両親や母のことを思い出してしまったのかもしれない。
大粒の涙が頬を伝っていくのが、見ているだけで辛かった。
王の死は、一大ニュース。
だが何故僕たちに先に伝えたのだろうか。
意図がイマイチ掴めなかった。
「でも、何故それを僕たちに?」
「それなんだが、王の遺書に記されていたんだ。国葬を行う前に、家族に静かに見送って欲しいと」
「なるほど」
「そう、王は優しく静かな人だった。国民を愛しているが、最後の責務を全うする前に、家族と安らかな時間を過ごしたいのだと記されていたそうだ」
「それで、墓守として父が召集されたのですね」
墓守は司祭の役割も果たし、葬儀も行うことがある。
特に国葬といった正式な儀式では墓守が行うのが常だ。
だからこうして役割が回ってきたのだ。最も、儀式をメインで行うのは父で会うが。
「ああ」
昼間、父は城に赴いていた。
元々長期だった任務を外れて、戻ってきたのだ。
何か大きな出来事があるのかもしれないとは思っていたが。
まさか、ここまで大きな話だったとは。
「急だが明日、一日かけて式を行うことになった」
父は俺とケトラの目を見た。
「手伝ってくれるか?」
その問いに、俺の答えは一つだった。
ケトラも同じだったようで、涙を拭いて口を開いた。
「もちろん!」
「わかったよー!」
こうして、家族で王の葬式をする運びとなった。
名誉ある仕事。
引き受けるだけで墓守として箔がつくというもの。
だが、僕は名誉よりも父と仕事ができる、その事実が嬉しかった。
不謹慎ではあるが、胸が躍る。
父は多忙で滅多に共に行動することはない。
貴重な機会なのだった。
翌日。
興奮で眠れなかった僕は、朝になってようやく来た眠気と闘いながら起床した。
もうすぐ冬が訪れるこの国の朝はよく冷える。
ベッドの中の心地よさに抗って外に出るのは至難の業だった。
太陽が顔を出すのと同じくらいの時間に、墓守の朝は始まるのだ。
父が言うには仕事は午後から夜遅くにかけて行われるらしい。
向こうの準備が整い次第、使いのものが来る。
それまでに準備等は片付けておくようにとのこと。
だが墓守が葬式を取り仕切る時、必要になる道具は特別多いわけではない。
その必要な道具も、使用するのは主に父であって僕たちではない上に、道具は基本父が自分で揃えてしまうので特段やることはなかった。
制服一つ身につけて、スコップを背負えばそれで終わりなのだ。
つまり、毎日の日課さえ終わらせれば、それで十分ということだ。
寝坊助のケトラを叩き起こし、食卓につかせて朝ごはんを用意する。
ついでにすでに起床しており、外で稽古をしていた父も呼んでくる。
そうして全員で食事をしてから、一日がスタートした。
父は準備に。
僕とケトラは日課に。
それぞれ向かっていく。
家の外に出ると、いつも通りの墓地が広がっていた。
町外れにあるこの場所は、人が少ないため静かで心地よさに満ちている。
ご老人が散歩で近くを歩くこともよくあるが、街の喧騒に比べれば無音に等しい。
並んだ墓石が太陽の光を受けて輝いていた。
「アークお兄ちゃん、今日は随分気合いが入ってるねぇ〜」
ふあーと欠伸をしながらケトラがめ眠い目を擦っている。
身につけた制服もだらしがなく、下着が見えそうだった。
ローブが捲れ上がって脚がのぞいてしまっている。
「ケトラ、制服ぐらいちゃんと着なよ。見えそうだよ」
「別にお兄ちゃんなら見られてもいいよー」
寝惚けているのか、ふざけているのか。
どちらにせよ、直す気はなさそうだ。
まあ、ここは人通りがほとんどないから別に心配することもないけど。
本人がいいならそれでいいだろう。
それでも、格好は自由でも仕事はしてもらわないと困る。
「ケトラ、シャキッとしなよ。今日は父と仕事ができるんだよ?」
「私は仕事より、一緒に買い物でも行きたかったなー。お父さん結構センスが良くて、いいもの見つけてくれるんだよぉ〜」
「分かっているの?王様直々の依頼だよ。名誉あることじゃない」
「私は名誉より団欒が欲しいんだよね」
ケトラはむにゃむにゃと口を動かしながら言う。
その様子を見ていると、こっちまで気が抜けてくる。
「まあ別にそれはいいか。ともかく、仕事はちゃんとしてくれよ?」
「ほいきたー。いえっさー、お兄ちゃん」
妹は分かっているのだか、そうでないのかわからない返事をした。
そのまま今日の持ち場にふらふら歩いて行く。
俺もさっさと終わらせるとするか。
道具を持って、準備をする。
日課は墓石を磨くこと、結界の確認の二つ。
特に墓石は数が多いので、重労働だ。
気合いを入れて、自身のほおを叩く。
その時、べちゃっと鈍い音がした。音がする方を見ると、ケトラが何かにつまずいたのか、転んでいるのが視界に入った。
「ふべしっ」
頭から突っ込むようにして、地面に倒れ込んでいる。
変な声と共に体を打ちつけると、いててと声を上げていた。
「はぁ……」
ケトラは尻を突き上げるような体勢で突っ伏していた。
元々捲れ上がっていた制服が更に捲れて、下着が完全に天の下に晒されてしまっている。
きちんと下着を着ていなかったようで、尻が半分はみ出してしまっていた。
更に、その股の下から胸の方まで一直線に眺めることができてしまう有様。
地面と体に潰された乳の下側が苦しそうにこちらを覗いていた。
なんて情けない姿だろうか。
俺が理想とする墓守とは対極のような姿だ。
目を逸らしながらも、大丈夫かと声を掛けてやる。
「私、今目が覚めた」
すると、ケトラは慌てて捲し立てて立ち上がった。
慌てている所為で呂律が回っていない。
どうやら、これで完全に意識が覚醒したようであった。
今日は父と仕事だと言うのに、なんて気が抜ける奴だ。
だが、俺はそんな抜けている部分も含めてケトラが好きだった。
こうした平和な日常が、この上なく幸せに感じるのだ。
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