父の背中3

「苦戦しているな、アーク、ケトラ」


と、暗いことを考え始めた時、後ろから声がした。

振り返ってみると、通りの奥から一人歩いてくる影があった。

視界の悪い雨の中でも、一発で分かるガタイの良さ。俺たちと同じ制服を身にまといながら、スコップを肩で担ぐ大男。しかし、制服は古びていて色が薄く、着崩しているので、見目は悪い。


白くなり始めた髪と、伸びた髭が年齢を感じさせる。そういう男。

まさに俺たちの父、パラグリオだった。


「あ、お父さん!」


ケトラが嬉しそうに、目を輝かせた。


「おお、娘よ。元気だったか?」


笑顔で答える彼は、娘の頭をガシガシと撫でまわした。撫でられたケトラが、嬉しそうにニコニコしている。先ほどまでの、ゴーレムに苦戦していた時とは打って変わってテンションが上がっていく。

雨の中の鬱屈とした空気が一瞬で変化した。


父パラグリオは天性の明るさと、長年の経験によって磨かれた戦闘技術などが評価されて、人気が高い人物である。

こうした少し暗くなった気分は、パラグリオがすぐに吹き飛ばしてくれる。

父はそういうオーラを持った人だった。


「アーク、お前も久しぶりだな。元気そうで何よりだ」


ケトラと一通りスキンシップを取り終わると、今度は俺の頭に手を伸ばす。

ガシガシと、力加減を知らない強い手が頭を撫でまわしてきた。

だが、俺はそんなガサツさが嫌いではなく、むしろ好きであった。

小さいころから憧れてきた大きな父を感じられるからだ。


「久しぶり、お父さん。そっちこそ元気だった?」


そんな憧れの父と話すとき、何故か僕は緊張してしまう。

体が少しこわばってしまう。原因は不明だが、そうなってしまうのだ。


「おう、俺はいつも通りだ。何も変わっちゃいないぜ」


父は、子供っぽい笑みを浮かべながら、力こぶを作って見せた。

相変わらず筋骨隆々な大きなこぶが、調子の良さを表している。

幼いころから、父はいつも色々なところに呼び出されていた。


ある時は、一週間。

ある時は、一か月。

家を空ける期間も様々で、よく国から依頼を受けて旅に出ていた。

いつも帰りには、面白い土産話や珍しいお土産を持ち帰ってきてくれて、それが幼少期の僕の大きな楽しみだった。


今は亡き母も、帰るたびに嬉しそうにしていた。

その当時から帰ってきては、今のように力こぶで自分の元気度を表していたのだ。


「いや、また父さん強くなったね……。また筋肉が大きくなってる」


父の筋肉は衰えを知らず、むしろ成長すらしている。

こういう部分も、尊敬する部分となっていた。


「でも、お父さん?今回は早かったね。しばらく帰ってこないと思ってたよ」


そんな父の様子を見て、ケトラが言った。

父は、つい先週、またギルドから依頼を受けて旅立っていたはず。

旅立つ直前に、今回は長くなりそうだと寂しそうにしていた。

それなのに、こんなに早く帰ってくるとは。

何かあったのだろうか。


「いやなに、大したことはないさ。王の執事に一度帰ってくるように言われただけのことよ。何か大事な用事があるらしくてな。任務は別の連中に引き継いで、飛んで帰ってきたんだ」

「なるほど……」


そういう事情があったのか。


王の執事が父を呼び出すなんて、相当な用事に違いない。

と、思案していると。


「それより、随分と苦戦しているみたいだな?アーク、ケトラ」


父は復活しつつあるゴーレムを見上げた。

スピードはゆっくりではあるが、徐々に形を取り戻しつつある体。

それを一瞥して、余裕の笑みを浮かべている。


「父さん……実は……」


俺は父になぜ苦戦しているかを説明することにした。

このゴーレムは核が何処かに隠されているか、あるいは術師が遠隔で操作している、おそらくそのどちらかだと考えていると伝える。


そして、そのどちらにせよ、すぐに見つかることはないだろうと言うことも。

噛み砕いて話すと、父は得心したようで、大きく頷いてくれた。


「そうか、そうか。なるほどな」


顎に手をやり、白くなり始めた髭を摩っている。


「要は、復活するから倒せないってことだろ?」

「そうなんだよー。お父さんどうしよう」

「なら、復活できないくらいの一撃を与えればいいだけだな」


俺たちと同じ、だがかなり年季の入っているスコップを握って構える。


「どういうこと?」


僕が質問するよりも早く、攻撃の体制に入っていく父。

膝を軽く曲げて、集中し始める。

力を溜めているようで、濃い緑のオーラが父の全身を包んでいった。


対するゴーレムはほぼ完全に元通りになっていて、再び腕を振り始めようとしていた。

緑のオーラが全身を覆うと、準備が終わったようで、


「こういうことさ!」


ぐっと、地面を踏み締めて、次の瞬間には跳躍。

一瞬でゴーレムの胸元に飛び込んでいく。

スコップを下から上に振り上げると、一陣の風が吹いた。


「フン!」


ズドン、と遅れて祭りで見る花火のような音が街に響いたかと思うと、巻き起こった風が強く吹いて視界を奪う。

吹いた風は、体ごと吹き飛ばされそうなほどに強かった。

更に、嵐にでも襲われたかのような突風が町の中を掛けていく。


俺は咄嗟に目を閉じて、飛ばされないようにスコップを地面に立てて耐えた。


「っ…………!?」


何が起こったのかも分からず呆然としているとやがて辺りに静寂が訪れる。

風がやんで、町が元の状態に戻っていく。


「終わったぞ」


父に言われて目を開けてみれば、もうそこにゴーレムはいなかった。

あの一撃が、敵を葬り去ったのだ。

核や術者など関係ない。


復活すら出来ないほどに破壊する。

あれはそう言う意味が込められていたのか。

土塊ひとつ残っていない、見事な勝利だった。


改めて、父パラグリオの強さには感服する。あれで、全力どころかほんの一撃に過ぎないのだから恐ろしいものだ。

僕とケトラが二人で攻撃して、敵を崩した攻撃は父の一撃にも充たなかったのだ。


「アークお兄ちゃん、凄いよ……!ほら!」


呆けていると、ケトラが嬉しそうにしていた。

空を指さして嬉しそうにはしゃいでいる。

言われて初めて、空の変化に気がついた。


雨はいつの間にか止んでいて、太陽が顔を覗かせている。

雲ひとない晴れやかな青空が広がっていて、先程までの雨が嘘であるかのような晴天。

おまけに、虹まで綺麗に光っており、奇跡でも起きたような光景だった。


そんな青空の下、笑う父の笑顔が輝いていた。

復活するゴーレムに再生の隙を与えない火力。

そして、一撃で天候すら変えてしまう圧倒的な攻撃の影響範囲。

これが、僕の憧れてる男の力だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る