父の背中1
夕方。
昼間良かった天気は一変して、雨が叩きつけるように降っている。
レンガ造の街は、水捌けが悪く、雨の匂いが充満していた。
街からの要請で、急遽街に繰り出していた僕は雨具を用意していなかった。
墓守の制服を水浸しにしながら、道を駆けていく。
「昼間はあんなに晴れてたのに……」
自分の服を見ながら、小さく呟く。
青を基調とした、ローブ状の制服。
白く縁取りがされたデザインが美しく、丈夫な素材で構成されているので日常使いもできるという僕のお気に入りだ。大きく背中と胸に入った黄色の紋章は、装着者が墓守であることを示すトレードマークにもなっている。
一家でお揃いの、国からの支給品だった。
実力の差がある父との、数少ない共通点でもある。
「アーク兄ちゃんは任務より制服って感じだね、相変わらずだけど」
後ろから、俺を追いつつ話しかける影が一つ。
僕と同じ制服を身に纏う少女。
妹のケトラだ。
元来は、ただの従姉妹であったが、ケトラの両親が他界したことで一人ぼっちになってしまったところを、父が連れてきたことで妹となった。従兄弟ということもあり、昔からよく遊んでいたので、俺たちはすぐに打ち解けた。
今では、こうして任務にもよく同行している。
容姿は黒のショートに、赤い瞳。
俺も黒髪に赤目なので、よく似ていると父は揶揄ってくる。
血縁関係が近いせいか、目の形などがそっくりなのだそうだ。
身長も年も近いから上手くやれば、お互いが変装することもできるんじゃないか。
父以外にも近所の人にも、そう言われたこともあるくらいだ。
「そういうケトラは、あまり制服が好きではなさそうだよな」
顔だけ振り向かせつつ、返事をする。
ケトラのいつもの顔が、雨の中に浮かんでいた。
「だって、この服目立つじゃん。街歩くのもちょっと恥ずかしいよー」
自分の服をつまんで、唇を尖らせる。
「少しは誇りを持てよ。名誉ある仕事じゃないか」
「まあ、そうだけどさ……」
「それに、下らない話をしている場合じゃないぞ。仕事だ」
はーいと、やる気のない返事が返ってくる。
しばらく走っているうちに、目的の場所に辿り着いたのだ。
到着したのは、この国一番の大通り。
両脇に様々な種類の店が並ぶ、メインストリートだった。
だが日頃数多くの人で賑わいを見せる道は、今は静まり返っている。
人っ子一人姿が見えない。
それは、目の前に佇んでいる、大きな土の塊、ゴーレムが原因である。
「うわあ、大きいね。お兄ちゃん」
「ああ、そうだな。久しぶりの大物だ」
人の丈の十倍はあるその体躯を操り、建造物を破壊して回っている木偶の坊。
太い両腕を振り回し、何かにぶつかるたびに土煙が上げている。
僕たちが依頼されたのは、このゴーレムの破壊。
国から頼まれた仕事内容。
僕たち墓守は、文字通り墓を守るのが普段の仕事だ。だが、たまにこうして国や町の冒険者ギルドから要請を受けて仕事をすることもある。
理由は至って単純。
墓守は強く、そして冒険者と違って旅に出ることもない。
彼らとは異なり、すぐに捕まり、おまけに腕も立つ。
故に街中でのトラブルや、魔物が町に入り込んだりしたときなど、冒険者不足で人手が足りない時に頻繫に駆り出されているのだ。
墓守が尊敬されるのは日ごろの仕事よりも、こういう雑事を多くこなすからというのが本当のところだ。
制服を着て目立っているから、顔も覚えられやすいというのもあるが。
ともかく墓守は、便利屋のような扱いを受けている節があった。
だが、あまりにも様々な依頼を受けるようになった影響で父は常に何処かに遠征している。
今では遠征は父、町の担当は俺たちといった暗黙の了解ができていた。
「今回は、研究者の失敗作の破壊。だったよね?お兄ちゃん」
ケトラは、依頼の確認をしながら、武器の準備をする。
背中に括り付けられていたスコップ型の剣。
墓守は墓を掘るのに昔はスコップを使っていたという歴史をモチーフに制作された、現在墓守が愛用している汎用性の高い武器だ。
ケトラは長い柄の中央部分を右手で握って構えてた。
「そうだ。軍用に開発していたゴーレムが暴走したから討伐してくれって話だ」
いつも通り強い冒険者が皆街の外に出ていて、初級の者しか街には残っていないらしい。
しかし、初級では対処しきれないということで俺たちに鉢が回ってきたということだ。
土砂降りの中、ゴーレムは暴れ続けている。
通常、ゴーレムといった土系の魔物は水に弱い。
それにも関わらず、こうして活動しているのは軍用にと、開発した研究の成果だろう。
今回は、その研究が完全に裏目に出ているようだが。
「久々に大きいやつじゃん。お金いっぱいもらえるかも」
獲物のサイズに嬉しそうにするケトラ。
「アーク兄ちゃん、私食べたいお菓子あるんだよね。今人気のナントカパンっていうパン。美味しいらし
いよ。買って一緒に食べない?」
呑気に勝った後の皮算用をしていた。
「食べたいものの名前くらいせめて把握しておきなよ……」
「私は、何かを食べたいっていうよりはお兄ちゃんと一緒に何かがしたいだけだからいいのー」
「はいはい。それじゃ、行くぞ!」
「あー、無視したー!」
雑談を切ってゴーレムに向かう。
向かいつつ、俺も背中からスコップを取り出して左手に握る。
飛び上がって、相手の腕に切っ先を突き立てた。スコップが飛び上がった勢いを以ってゴーレムの腕を切り落とす。
流石はスコップをモデルにした武器なだけあって、土に強く、なんなく土は削れた。
ゴーレムの腕がプリンのように崩れて、地面に落ちる。
ケトラも反対側の腕を攻撃していたようで、もう片方の腕も同様に落ちていた。
しかし、ゴーレムの動きに変化はない。
自分が腕を失ったことに気づいていないようで、変わらずない腕を振り続けている。
俺たちの方向には見向きもしないで一心不乱に破壊活動をしていた。
もしかしたら、アイツは自分の状態どころか敵すら認識できていないのかもしれない。
暴走するゴーレムは周囲が見えていない。
流石は失敗作といったところか。
しかしそれは、俺たちにとっては好都合だった。
ただ相手をサンドバッグにしていれば、倒すことができる。
それに、腕を落としたことでほとんど無力化したも同然。
「余裕だね、お兄ちゃん」
妹も同じことを思ったらしい。
余裕そうにスコップをクルクルと回して遊んでいる始末。
こいつはこいつで少しは緊張感を持って欲しいところだ。
呆れつつ、ため息を一つ。
と、その時。
「やはりゴーレムはゴーレムだな」
目の前の土の塊、落ちた腕がモゾモゾと動き始めた。
そのまま、土が意思を持つように破片同士が合体し合って、元の形に戻っていく。
一瞬で元の形に戻ると、本体の腕に飛んで戻ってしまった。
腕はガチンと胴体にくっつくと、攻撃前と同じ姿に戻った。
そして、再び腕を取り戻したゴーレムは破壊を続ける。
これでは、一からやり直しだ。
「あーあ。やっぱりそう簡単には行かないか」
それを見て、ケトラがぼやく。
ケトラの方を見ると、ひっくり返って尻が空に向いていた。
調子に乗って腕の残骸に座っていたところで、急に土が動いたせいだろう。
なんとも間抜けな姿だった。
ぺろんと、ローブが捲れ上がって下着が丸見えだった。
「分かっているなら油断しちゃダメだよ」
目のやり場に困るので、ゴーレムの方を見ることにした。
「……見てないよね?」
立ち上がった妹がそう聞いてくる。
「うん」
答えは濁しておいた。
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