ディアナのパパ
志季悠一
プロローグ
復讐と聞いて、最初に思いつくのは敵討ちだ。
自分を不幸に陥れた張本人の命を奪う。
愛する人を奪ったアイツを地獄に送る。
そういうケースが多いだろう。
だけど、俺の敵は国の制度とか、体制とか、形のないものだった。
だからそうした明確な敵というのが存在しなかった。
もちろん、国そのものも恨んだし、国を亡ぼすことや要人を殺めることも考えた。
王を殺してしまうこと、あるいは国土を獄炎で包んでしまうことも。
そうして国を壊すのが一番早い復讐方法であるのは確かだった。
しかし、死んでしまった俺の大切な人は、この国を愛していた。この国を支えることを生きがいとしていたのだ。
だから、俺はそうした短絡的な行動を制限された。
あの人が愛したこの国を、汚すこと、壊すことは、俺には出来なかった。
そうして制限された復讐方法の中。
唯一選べたのは、自分が王になることであった。
王になって、あの人を死に至らしめた制度や体制だけを変えること。
それが、俺に許された最大の復讐だった。
だが、王族ではない俺が王になるのは至難の業。
多くの犠牲を払う必要があったのは言うまでもない。
何もかもを捧げなくてはならなかった。
友人の願い、家族の絆、俺を好きだと言ってくれた女性の思い。
俺は、それらを糧にした。
全ては、復讐のために。
そして、今。
復讐を誓ってから、十年以上。
長く険しい道の果てに、ようやく、目的は果たされた。
多くの代償を払いながら、僕はたどり着いた。
最終ゴールであった王の座に。
戴冠式は国を挙げて大々的に行われた。国民を前にして、笑顔で手を振るだけだから、大して達成感は感じられなかった。あれだけ多くを犠牲にして得た地位だというのに、感慨も湧かず、虚しいと思ってしまった。
戴冠式を終えて、俺は、貧しい満足感と共に一つの墓に向かった。
この結果を、ある人に捧げ、報告しようと思ったからだ。
町はずれの、誰も訪れない森の中に目的の墓石はある。
俺は、その小さな石の塊に向かって、言葉を掛けていく。
十年分溜まっていた、俺の思いを吐き出していく。
復讐を誓ったあの日から、忙しさや復讐心に囚われ、故人を偲ぶ時間を全く取れていなかったから、十年ぶりの再会であった。
話す内容は、無限に尽きないような気さえした。
そうして、言葉を投げかける中で。
亡くなったその人との思い出を振り返る中で。
俺は、生前に言われた台詞を思い出した。思い出して、しまった。
蓋をしていた記憶の濁流に飲み込まれ、走馬灯のように景色が浮かんでくる。
(お前が立派に跡を継いで、活躍してくれることを願っている)
あ、ああ……。
思い出す、在りし日の微笑を。
(妹と仲良く、暮らすんだぞ。数少ない家族なんだから)
俺は、僕は……。
思い出す、あの日の約束を。
(いつか結婚することもあるだろうな。嫁さん、幸せにするんだぞ)
一体何を、していたというんだ。
思い出す、大切な人と交わした誓いを。
(でもな、お前が幸せに生きているなら、それで俺は満足なんだ)
跡も継げず、家族を裏切り、嫁を捨て、不幸に沈んでいる、今の現状は。
自分のかつての夢だけでなく、彼の望みを全て、裏切る結果に結びついてしまっている。
あれだけ苦労して、自分をイジメ抜いて。犠牲を払って、ようやく手に入れたものは。
誰も望んでいない、独りよがりの自己満足でしかなったんだ。
そんな当然のことにようやく、気が付いた。
「これから、どうするべきだろうか……」
無意識に出た一言に、応えてくれる誰かは存在しない。
僕が、自分で消してしまったから。
「うう、うう…………」
絶望の中で、涙が零れて地面に染みていく。
僕は跪いて、首を垂れて絶叫した。
「うああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
しかし魂の叫びは、森に虚しく溶けていくだけだった。
憧憬だけが、僕の中に取り残されていた。
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