第13話 校舎トイレの怪談⑥

(全く、昨日は酷い目に合った)


 ごく稀にある幽霊が全く出ない朝。

 俺は学校までの通学路をゆったりと歩きながら昨日の出来事を思い返していた。


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 昨日、俺はトイレの花子さんの手によって彼女の住まいとも言えるトイレ内の異空間に閉じ込められた。

 異空間の中はまるで海の中の様に水で溢れかえっていたが、よくよく考えたらトイレの中なので普通の水でも汚く感じる。


(さっさとこんな場所から抜け出さないと)


 トイレの中という不快感もそうだが、何より外にいる田所さんの事が心配だ。

 自力で異空間ごと破壊しようと思ったちょうどその瞬間、金髪のギャルが目の前に現れた。


「ちょっ!待って待って。今から出してあげるから壊さないで。」


「間に合った〜」と小声で呟きながら目の前のギャルは額の汗を拭っている。

 ぱっと見は普通のチャラい女子高生だがこんな場所にいる時点で普通じゃない。

 何よりギャルから溢れ出る気配が只者ではない事を語っていた。


(こいつ…強いな。今まで出会ったどの幽霊よりも圧倒的に格上だ)


 幽霊の強さというものは幽霊となってから過ごした年月の長さによって変わる。

 トイレの花子さんは1950年頃から語られているものだと聞いた事がある。

 ということは、最低でも70年以上の年月を幽霊として過ごした超大物。

 今でこそこんなギャルみたいな見た目をしているが、それは知性がある証だ。


 この場に刀さえあれば勝負になりそうだが、今この場において地の利は相手にある。

 戦っても勝ち目は薄い。

 俺は大人しく対話をする道を選んだ。


「わざわざこんなところに俺を閉じ込めたくせに出すってのはどういう心変わりだ?」


「べっつにー。私が興味あったのはあんたじゃなくて美玖の方だし。でも私が美玖と話そうとしたらあんた邪魔するでしょ?だから一時的にここへ閉じ込めたって訳。」


 なるほど、筋は通っている。

 特に悪い幽霊でもなさそうという印象だが、流石に幽霊を見つけてこのまま放置って訳にもいかない。


「因みにだが成仏する気はないか?」


「うーん…出来るならしたいけどもう無理じゃないかなぁ。ほら、私って有名になり過ぎたし。生きてる人がトイレの花子さんっていう存在を忘れない限り私はもう消えられなくなっちゃったから。」


 彼女の言っている事は本当だろう。

 通常、幽霊を成仏させる手段はこの世への未練を断ち切る事だ。

 人の未練ってのは大抵誰か身近な人間が関わっている場合が多い。


 子供の成長した姿を見たい

 家族に別れの挨拶をしたい

 こんな理由で未練を残した霊が大半。

 こういった霊は基本的にいい奴なので望みを叶えてやれば成仏してくれる。


 だが、長く生きていれば話は別だ。

 幽霊は長くこの世に止まるほど、生者に悪影響を与えてしまう。

 長く幽霊でいると自分の存在を確立できなくなり、ただの亡霊へと変貌する。

 そうなった亡霊共は生者への嫉妬心のみで行動し、無差別な殺人や肉体を奪うなんていう悪事を働く。

 だから俺は出来るだけ早く幽霊を退治する様にしてる。


 推測だが花子さんは「トイレの花子さん」という怪談のお陰で自身が花子さんであると認識し続けているのだろう。

 自分だけではなく生きている人々の力を借りてこの世に止まり続けている状態。

 それ故に、彼女が成仏する手段は存在しなくなってしまった。

 生者がこの世に対して未練などある筈もないから。


 花子さんが成仏する時。

 それは人々から力を借りるのを止めて、怪談ではないただの「花子」となった時。

 だがその時に今の彼女はいないだろう。

 その時の花子は70年以上の時を過ごした凶悪な悪霊と化している筈だから。


「俺はお前に勝てると思うか?」


「今のままじゃ無理かな。でもあんたなら私を倒せるって思うくらい強くなったら成仏されてあげてもいいよ〜」


「そりゃ頑張らないとな。」


(思いもよらない強敵を見つけてしまったな)


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 こうして俺はトイレの中から出して貰えた訳だが、まだ肝心な問題が残っている。

 それは田所さんと山本さんから、昨日俺を呼び出した要件を聞けていない事だ。


(昨日俺が解放された時には田所さんたちはいなかったからな。要件はなんとなく推測出来てるけどちゃんと話し合わないと…昨日みたいなマネされたらたまったもんじゃない)

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