第11話 ※校舎トイレの怪談④

 ****田所美玖****


「……え…立花くん……?どこ…?」


 何も分からなかった。

 いきなり立花くんに抱き寄せられてちょっと舞い上がってたら、その立花くんが何の前触れもなく私の前から消えた。

 まだ立花くんの温もりや抱きしめられた腕の感触は覚えている。

 あれが夢だったとは到底思えない。

 だけど、それなら立花くんは何処に……


 声を上げて何度か名前を呼んでみても返事は返って来ない。

 この狭い個室の中に隠れる様な場所はないし、そもそも立花くんが隠れる理由もあるとは思えない。


「ねえ、ちょっと。立花くんがどうかしたの?中で何があったの?」


 扉の外にいた深月ちゃんが中に入って状況を尋ねて来た。


 立花くんが離れろって言ってたのに聞いてなかったんだ、とも思ったけどこの状況でひとりぼっちは不安だったから心強い。


「あのね——」


 それから私は深月ちゃんに話した。

 この個室の中で起きた出来事の全てを。


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「なるほどねぇ…私は扉の外にいたけど立花くんが外に出るところを見ていない。だったらまだこの中にいないとおかしいけど…」


「いない…よね。ねえ、これってこの前のダッシュばばあと同じじゃないかな?」


 私の頭の中に思い浮かんだのは、少し前に峠で起きた不思議な現象。

 進んでも進んでも抜けられないトンネル、自転車よりも早く走るお婆さん。

 普通の日常ではありえない光景。


(あの時と似てる。でも一つだけあの時と違うのは、どんなに待っても立花くんが助けに来ることはないということ)


 怖い。

 何も知らなかったあの時と違って、どれほど恐ろしい事が自分の身に降りかかって来るのかが理解できるからこその恐ろしさがある。


「ねえ。これって多分、私たちのせい…だよ…ね…?」


 私がそう聞くと、深月ちゃんは顔を俯かせて小さくうなづいた。


「だ、だったらさ。やっぱり私たちが何とかしないといけないんじゃないかな?」


「そりゃ出来るならそうしたいけど、美玖はこの前みたいな化け物相手に何か出来ると思ってるの?」


「でも——」


 深月ちゃんの的を得た言葉に何も言い返せなくて口を閉じてしまった。

 ただ自分の情けなさを実感するだけ。

 私たちの安易な思いつきで立花くんを危険な目に合わせてしまった。

 後悔だけが募る……そんな時だ。


『ねえ?あの男を助けたい?』


 声が聞こえた。

 私たちと同年代の、若い女の子の声。

 ただ不思議なのは聞こえて来た場所。

 だって声が聞こえた方にはトイレしかなかったから。


『いいよ。条件次第で解放してあげても。』


 トイレから水が溢れ出して、それは段々と1人の女の子の形になっていった。

 着崩した制服に短いスカート、金色の髪をツインテールにした女の子。

 ぱっと見はただのギャルにしか見えない女の子が姿を現しながらそう言った。


(見た目は人間だけど、この人は水から出て来た。この前のお婆さんと同じ怪物)


 怖くない、と言えば嘘になる。

 だけど見た目のせいか不思議とダッシュばばあ程の恐ろしさは感じられない。


(……うん、いける。大丈夫。私たちのせいなんだ。私が立花くんを助けないと)


 まだどんな条件かわからない。

 だけど結局やる事には変わるないんだ。

 私は覚悟を決めた。


「やる!なんでもやるから、立花くんを解放して。」


『おー、いい返事だね。そっちの子は?』


「美玖がやるのに私が逃げる訳にもいかないでしょ。いいよ、私もやる。」


『やったー!じゃあ今から条件を言うね。』


 女の子から出された条件は「どんなに恐ろしい条件を出されるのだろう」と身構えいた私たちにとって、意外なものだった。


『条件はねー。ずばり!私と恋バナをする事!さあ、私を楽しませてよ。』

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