第10話 校舎トイレの怪談③

 俺は今、とてつもなく困惑している。


 幽霊退治に必須の条件として、常に冷静であることを求められて来た。

 焦りや恐怖の感情は幽霊を喜ばせる材料でしかないからだ。

 故に幼少期から並大抵のことでは驚いたりしない俺だったが、過去一といっても過言ではない程に俺は困惑している。


(え?閉じ込められた?花子さんもいないし……ってか田所さん、近いっ!!)


 俺は高校生になってから約1年間、殆どの時間をぼっちで過ごして来た。

 いつもは「平気ですよ」みたいな感じで振る舞ってはいるけど、普通に友達も欲しいし彼女だって出来るものなら欲しいと思ってる。

 いつもはそういった感情を幼少期から幽霊退治の為に鍛えて来た冷静さでカバーしているだけだ。


 花子さんの姿が見えない事に困惑してる訳じゃない。

 俺が今、こうして困惑している原因は田所さんとの物理的距離の近さだ。


(近い近い近い近い。色々当たってるし、それになんかいい匂いもする)


 田所さんはさっき、俺の腰辺りに手を回して抱き寄せた後、個室の鍵を閉めた。

 要はほぼ抱きつかれた状態。

 女友達は愚か男友達すらいない俺だ。

 同い年くらいの女子に対する免疫なんて0に等しい。

 そんな俺にこの状況は流石に厳し過ぎる。


「た…田所さん。とりあえずちょっと離れた方がよくないかなぁ…なんて。」


 俺の指摘を聞いて状況を理解した田所さんは頬を赤く染め、急いで俺から距離を取った。

 まあ距離を取ったと言えどもここはトイレの個室の中。

 高校生が2人入ってしまえばそこまで余裕はない。


「ご、ごめんね。その…いきなりくっついちゃって。」


「いや、それはいいんだけど…」


(き…気まずい…)


 ここに来て俺のコミュ障が出てしまった。

 そもそも田所さん、山本さんとはあのトンネルの事件の日からちょっとだけ気まずい感じになってる。

 あの日の帰り道なんかはもう本当に地獄みたいな空気だった。

「なんか話しかけた方がいいんだろうな」と頭では分かってるのに話題が思い浮かばず終始無言で家まで辿り着く。

 それの後でいきなりこの距離感だぞ。

 気まずさで吐きそうだ。


(とりあえず花子さんにだけ集中しよう)


 気まずさはもうどうしようもないので、幽霊に集中する事で気持ちを切り替えることにした。


「ふぅ…ところで、山本さんから花子さんが出たって聞いたけど、どこに消えたの?」


 呼吸を整えて、本題に入る。

 段々気持ちも落ち着いて来たし、これならいつも通りに話せそうだ。


 静かに田所さんの返答を待つ……が、彼女はバツが悪そうに顔を逸らすだけでなかなか喋ろうとしない。


(そう言えばさっきも同じ様な顔でなんか俺に謝ってたよな)


 なんて少し前の出来事を思い出しながら何か変だぞ、と思っていた時だ。

 ようやく田所さんが口を開いた。


「あ…あのね、立花くん。その……ごめんなさい。花子さんなんて呼んでないの。」


(……ん?花子さんを呼んでない?……え?)


 少しの困惑の後、ようやく理解する。


(あ…俺、嵌められたのか)


 今回の事件は田所さんと山本さんによる自作自演ということ。

 どうりで花子さんの姿が見当たらない訳だ。

 目的はよく分からないけど、まあ俺に何か用事があったのだろう。

 この前適当に誤魔化したからなぁ。


「あのね。立花くんとちゃんと話したくて。こんな騙すような真似してごめんなさい。怒ってる…よね。」


「……まあ適当に誤魔化した俺も悪かったよ。でも流石に女子トイレに呼び出されるとは思わなかったな。……とりあえず早く出ない?精神衛生上ここはちょっと…ね。」


 何はともあれ幽霊がいなくてよかった。

 ひと段落し、個室から出ようとしたその時だ。


“コンコンコン”と扉が3される。


「おーい、美玖。話は出来たの。そろそろ出ないと人来ちゃうよ。」


 山本さんだ。

 山本さんが状況を確認しに来たみたいだが……そのノックの回数はマズい。


「田所さん、こっち!山本さんは急いで此処から離れて!!」


 俺は田所さんを抱き寄せて、山本さんはどうしようもないので少しでも遠くに行って貰う様に指示をする。



 俺と田所さんが入っていたのは3階の3番目の個室。

 そして今、山本さんが3回扉をノックしてしまった。

「花子さんいらっしゃいますか?」なんてのは怪談として盛り上げる為に付け加えられた描写だ。


 【3階トイレ、3番目の扉、3回ノック】


 花子さんの出現に必要な条件としては上記3つで十分。

 その証拠に便器の方からとんでもない力が漏れ出ている。


(——来る)


 花子さんの出現を予見し、身構えていた。

 瞬き一つしていない。

 だというのに、気がつくと俺は水の中に沈んでいた。

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