第5話 ※トンネルの怪談②

 時刻は現在1:55分。

 私と深月ちゃんは約束通り、森丘峠に来ていた。


「なんかちょっとワクワクするね。美玖はお母さんたちに何て言った?」


「へへへ、黙って来ちゃった♪深月ちゃんは?」


「私も。」


 こんな真夜中の外出なんて両親に言える訳がない。

 普通ならこんな真似はしないけど、私ももう高校生。

 少しくらいヤンチャしたい時だってある。


「お、時間だね。そろそろ入ろっか。準備はいい?」


 スマホの液晶を見ると2:00と表示される。

 喋っている間にもう5分も経ったんだなぁと思いながら、私は自転車に跨った。


「完っ璧!」


「OK。抜かれない様に頑張らないとね。」


 お互いに笑い合いながら、私たちはトンネルの中に入った。


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「……何も出ないね。」


「うーん…そうだねぇ。」


 トンネルも半分くらい進んだけど、ダッシュばばあはまだ姿を見せない。

 最初から本当に出るとは思ってなかったけど、実際に何も出ないと気分が落ちてしまう。

 それは深月ちゃんも同じみたいで分かりやすいくらいにテンションが下がっていた。


「あー!!つーまーんーなーいー!!」


 もうトンネルの3分の2を過ぎた頃、遂に深月ちゃんが不満を口に出し始めた。


(全く、普段はクールぶってるのにこういうところはまだ子供なんだよね。仕方ない、宥めてあげるか)


「まあまあ落ち着いて。最初からダッシュばばあがいるなんて思ってなかったでしょ?」


「それはそうだけどさー…せっかく来たんだからちょっとくらい何か起きてくれてもいいじゃんか。」


 ぶーぶーと拗ねる深月ちゃんを見ながら、まあその気持ちは分かるなと思いつつ私はなんとなく背後を見た。


“ダダダダダ”と何か音が聞こえる。

 車やバイク、自転車でもない。

 けれど何かがこちらに近寄って来ているのだけが分かった。


「ねえ、深月ちゃん。何か聞こえない?」


「またまたー。そうやって驚かそうとしたってそうは行かないんだか……ら…」


 深月ちゃんの顔色がみるみると変わる。

 どうやら彼女にも聞こえたみたいだ。

 これは聞き間違いじゃない。


(もしかして…ダッシュばばあ!?)


 そう思った時には、私は本気で自転車を漕ぐ為に立ち漕ぎになっていた。


「深月ちゃん!急いで!追いつかれちゃう!」


「うん……分かってるって。行くよ、美玖!!」


 私たちは見えない恐怖に襲われながら、必死に自転車を漕いだ。


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 あれからどれだけの時間が経っただろう。

 私と深月ちゃんは異変に襲われていた。


「おかしいって…このトンネル、どこまで続くのよ!」


 そう、深月ちゃんの言う通りトンネルの終わりがやって来ないのだ。

 ダッシュばばあと出会った時、私たちはトンネルの3分の2は進んでいた。

 それなのにあれから5分以上経った今でもトンネルの出口すら見えて来ない。


(どうしよう…このままじゃ追いつかれちゃう。……ん?そう言えば追いつかれたらどうなるんだっけ?)


 追いかけられたから条件反射で逃げていたけど、別に追いつかれても何もないなら逃げる必要がない。


「ねえ、深月ちゃん。ダッシュばばあに追いつかれたらどうなる?」


 私は答えを求める為に、知ってる可能性が高い深月ちゃんに聞くことにした。


「どうってそりゃ……どうなるんだろう?あ、でも噂を広めた人がいるって事は生きて帰ったって事じゃん。だったら追いつかれても平気なんじゃない?」


「確かに。深月ちゃん天才!」


(なーんだ。逃げる必要なんてないじゃん)


 既に体力の限界に近かった私たちは立ち止まった。

 そう、立ち止まってしまったのだ。

 あの姿を見れば、追いつかれて無事で入れる筈がないと分かる筈なのに。


『この峠で悪さする子はオメエらかぁ』


 細くコケた体、見窄らしい着物を着て両手に薄刃包丁を持った老人が爆速で私たちのところに迫っていた。


(今から自転車に乗っても間に合わない。あ、死んじゃったかも…)


 せめて告白くらいしておけば良かった、なんて恋する乙女みたいな後悔を残して目を閉じたその時、声が聞こえた。


「急いで逃げて。大丈夫、俺が足止めするから。」


 それは私が4年前から恋している片思いの相手の声だ。


(ハハハ、遂に幻聴まで聞こえたかー。立花くんのこと好きすぎでしょ、私)


「た、立花くん?え?なんで?」


「まあ今はそんなことは気にせずに。ほら、早く行って。田所さんもいい加減目を開けて。ここに居たら危ないよ。」


(うん?深月ちゃんと立花くんが会話してる?え?だってこれは幻聴じゃ……え!?)


 目を開けるとそこには、こんな時間なのにまだ学生服を着ていて、右手には日本刀という不思議な格好をした立花くんが立っていた。

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