第75話
「おい、タク!タク…っ?」
タツが慌てて抱き起こした。左腕に深い傷があった。タクの顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
「まさか…毒針に刺されて…!」
メイが蒼白になる。
「なんだ?毒針って」
「サソリの毒よ。魔物だから…下手すると命にかかわるかも…」
「なんだって…!おい、あんたテレパシー使えるんだろ。早くユリを呼んでくれ。ちょっと離れたところにいるから」
「わ…わかった」
(ユリ…早く来て…!あなたの仲間が…こっちに来て助けて…!)
メイがテレパシーを送ると、すぐにユリが転がるように馬を走らせてきた。
「タツ兄…タク!」
タクが倒れているのを目にしてユリの顔から血の気が引いた。
「ユリ、タクを助けてくれ。サソリの毒針に刺された」
「どこ!?腕…!?」
馬から飛び降りたユリがまず呼吸と脈があるのを確認してから腕の傷口を調べた。わずかな間に腕は倍近くまではれ上がっていた。
「ここを刺されたのね?」
左腕の傷に厳しい一瞥をくべると、水筒をひっくり返して傷を洗うと、いきなり空の注射器を突き刺した。
「ユリ…?」
驚くタツをしり目に、ユリはタクの腕から毒を吸い出しては地面に捨てた。それを何度も繰り返す。
タツもメイも息をのんで見守った。そのうちに腕のふくらみは次第に小さくなってきた。
「ユリ、大丈夫か?」
「…うん、このくらいまでなったら、多分大丈夫だと思う」
ユリは別の注射器を取りだすと、二種類の薬液を次々にタクの腕に打った。タクの呼吸は大分楽になっていた。
「処置が早かったから…多分大丈夫だと思うけど…。これほんとにサソリの毒?普通のサソリじゃこんなに毒性の強いのってあまりないと思うんだけど」
「まあ、魔物だからな」
タツが倒れたサソリの魔物を指さすとユリの表情が険しくなった。
「そっか…魔物の毒は私もよくわからないから、油断はできないね。サソリの毒は呼吸器の働きを阻害するっていうし」
「そうか…」
「どこか…テント張れる所あるかな?今日は馬に乗るのは無理だと思う」
「そうか、じゃああの木のそばにしようか」
タツがそう言ってタクの体を担ぎあげ、低木のそばに運ぶ。ユリが上着を脱いで丸めた枕を作り、タクを寝かせた。
タツが置いて来ていた自分とタクの馬を呼び戻している間、ユリはタクの脈を取り、血圧を測っていた。
「うん…大丈夫そう、呼吸も落ち着いてるし」
そう言って息をつくと、顔を上げて初めてメイの存在に気がついた。
「あれ…メイさんだったの」
それまではタクのことに必死で、目に入っていなかったのだ。拍子抜けしたような声が出た。
「その…私がっ…」
メイの膝から力が抜けた。
「メイさん?大丈夫?」
「…ごめんなさい……」
駆け寄ったユリの腕の中で、糸が切れたようにメイは泣き崩れた。
「メイさん?どうしたの?大丈夫、もう魔物は死んだから」
戸惑ったユリが見当違いなことを言いながらメイを抱きしめ、慰めた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
メイは泣きながら何度も繰り返した。その様子を、戻ってきたタツが目を丸くして見ていた。
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